- 下話
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「ね、あの…えーっと…」
慎吾はやりどころ無いという感じで、胸の辺りまで持ち上げた自分の両手をふらふらさせてる。慎吾を困らせてしまった。でも涙が止まらない。
「ごめんなさいっ…ヒック…私…泣くつもりは……ヒック……困りますよね、いきなり変な女に泣かれちゃ………ヒック」
涙を止めなきゃ。これ以上慎吾の前で恥ずかしい姿を見せられない。10代の少女じゃあるまいし、せっかく出会うならもっとスマートに出逢いたかった。
スッと大きな手が、指が私の頬に触れた。
ドキッ
私の顔がまた赤くなる。慎吾は優しく黙って私の涙をその手で拭った。
いつの間にか心がすーっと落ち着いて涙が止まっていた。
そんな私を見て、慎吾はポンポンっと頭を軽くたたいて
「またねっ」
笑顔を残して体を翻し、更衣室に入って行った。
『またね』
……なんて素敵な社交辞令なの。私、もうこれだけでこの先の人生生きて行けるわ。
さっきまでとは違い、少し清々しくなった私は足取りも軽くなりトレーニングルームへ戻った。
「あ、ゆりさん帰ってきましたね。お待たせしました。さ、続きやりましょうか。あれ?顔が赤いですね。体調大丈夫かな?日を改める?」
私はインストラクターに言われてふとそこにあった鏡をで自分の顔を見た。
やだ、女の顔になってる。
「いえ、やります。とことんやります!」
発散させなきゃこんな顔で家には帰れない。
「そ…そうですか。じゃあ体が冷えたでしょうし、またエアロバイクからやりますか?」
「エ…エアロバイクは今ダメです!ランニングマシーンでお願いしますっ 」
「は、はあ…じゃあ」
それから私はひたすら汗を流した。そして夕方になり、もう来ることはないであろう、その高級スポーツジムを後にした。
もう出逢う事は…こんなな奇跡はないよね。他に出逢えるような場所無いし。
長年東京に住んでいても、そうそう芸能人に会えるもんじゃない。名残惜しい気持ちを胸に、私は家路に着いた。
帰宅すると、今日の事はすっかり夢のように思えた。家族にも友人にもSMAPの二人に会った事は話さなかった。話すと思い出が消えそうな気がしたから。
何日かすぎ、私は日々の生活に追われているうち、あの日の事が本当にあった事なのかどうかもわからなくなっていた。
夢だったのだ。やはりあれは夢だった。
でも「こんな奇跡」は思っていたより早くやってきた。- 0
13/11/23 00:52:58