保守ですが何か? (7ページ目)

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古トピの為、これ以上コメントできません

  • No.556 つづき

    13/03/31 10:09:47

    >>555
    橋下徹共同代表に参院選に出てもらいたい

     司会者「すいませんが、党大会に質問に限らせていただきますので」

     はっはっは

     司会者「では、後ろから2番目の方」

     どうせみんな早く石原が死にゃあいいと思ってるんだろ。
    そうはいかねえぞ。俺が死んだら日本は退屈になるぞ。

     --「1カ月間、病床の中で一番考えてきたことは何か」

     それはやっぱりねえ、早くちゃんと、要するに日常に復帰したいと思いましたね。
    で、頭はそんなぼけてないなあと思って。

    僕は入院している間に二つほど非常にいい短編小説を書きました。短編小説は君、難しいんだよ。
    短いだけにねえ、複合的にもの考えてね、伏線とかいろんな言葉の選択があるから。
    で、自分で読み直してみてなかなかよくできてるなあと思ったんで。
    まあ、そんなに頭はぼけてないなと自信を持ちました。

     --「先ほどの対談で、橋下徹共同代表に次の参院選に出た方がいいというふうに言われたのか」

     出てもらいたいね、僕は。

    つづく

  • No.555 つづき

    13/03/31 10:04:45

    >>554
     司会者「質問につきましては、今日は、党大会を踏まえての会見ということでございますので、政治問題等につきましての質問ということに限らせていただきますので、よろしくお願いいたします」

     まあ、朝日(新聞)あたりはねえ、俺のこと好きじゃないらしくて、
    『水に落ちた犬はたたけ』っていうことでね、勝手なことを書いてて。

    本当に卑しいね、メディアっていうのはね。
    人の不幸っていうのはそんなに楽しいのかね。

    人を陥れることにそんなエクスタシーがあるのかね。
    下劣な話だと俺は思うけどもな。
    聞いたら加藤紘一君も何か2回ぐらい倒れたんだって?
    塩ちゃんも倒れたんだってね、塩川正十郎も、彼はまあ、90(歳)過ぎてて…。

    --「党大会の対談の中でも、99%回復してといわれてましたが」

     ええ。

    --「もう後遺症とか、そういったあたりは大丈夫なんでしょうか」

     ほとんどないですねえ。
    ちょっと左手のねえ、ちょっと左手の指先の感覚が鈍くなった感じがしてねえ。
    それ感じたのはねえ、靴のひも結ぼうと思って、なんか指がもつれてうまく行かないんで、おかしいなと思ったんだけどね。それ失認というんですよ。専門語でね。

    失認、物を失する、失う。認識を失う。失認っていうんだけどね。どうもそのイシューじゃないかなあと思ってね。

    それで、果たせるかな、そしたら、そういう証拠が出てきまして、それは治しました。

    僕は利き腕が左だもんだからね、これから字書いたり絵かいたりするときに…。まあ、ワープロなんかはミスタッチで済むけども…。

    つづく

  • No.554

    13/03/31 10:01:53

    >>553
    【石原慎太郎維新共同代表会見詳報】
    次の参院選「橋下氏に出てもらいたい」「俺が死んだら日本は退屈になるぞ」
    2013.3.30 17:00 産経新聞

     日本維新の会の石原慎太郎共同代表は3月30日、東京・赤坂の維新の会国会議員団本部で記者会見し、「軽い脳梗塞」のため入院していたことを明らかにした。

    後遺症については「ほとんどない」とし、議員辞職も否定した。
    記者会見のやりとりは次の通り。

    ◆後遺症はほとんどなし

     さっきの橋下さんとの対談の冒頭に申し上げたんだけど、私もねえ、ちょっと身体を思いがけない形で壊しましてね。
    入院しているときに、テレビとか新聞、限られたニュースで、世界を眺めてね、だんだんこの国が取り残されていくような、非常に焦燥感に襲われたんですが、まあ、そういうものを起死回生させるよすがに維新の会がなってくれたらいいなと思ってます。

     司会者「それでは、これから質問を受けさせていただきます。時間はだいたい10分程度を予定しておりますので、簡潔に、社名、氏名を言った上でお願いを申し上げます。それから今日…」

     (司会者を遮るように)

    私の入院の理由は、軽い脳梗塞でした。

    どうもちょっと自分の身体の異変に気がついて、おかしいなあ、と思ってねえ。

    私、大脳生理学に興味がある人間なんでねえ、戸塚宏(戸塚ヨットスクール校長)の応援なんかしている間にいろいろ勉強もしたんだけども、これちょっとおかしいなと思って。
    それで早速ね、病院にリファーしたら、『とてもまずい兆候かもしらんから、すぐ来てください』というんで、行って調べてね。

    『早めに来て非常に良かった』と医者に言われました。
    それで非常に徹底した治療を受けましてね…。

     なんか日本の男の成人病(生活習慣病)の典型の一つは心筋梗塞と糖尿病と脳梗塞なんだってな。
    僕はそんな暴飲暴食した覚えもないし、ずいぶんスポーツもしたつもりなんですがね。

    ある日突然ね、ちょっとこれ、俺の身体おかしいなあっていう気がして、医者に症状を訴えたら『非常に危険な兆候なんですぐ来なさい』と。

    早めに行ってよかったです。

    つづく

  • No.553

    13/03/30 08:02:21

    石原慎太郎氏が退院、結党大会は中継であいさつ
    産経新聞 3月29日(金)17時29分配信
     日本維新の会の石原慎太郎共同代表が29日、都内の病院から退院した。

    石原氏周辺が明らかにした。

    退院後は都内の自宅で静養し、30日に大阪市で開かれる同党の結党大会には中継であいさつすることにしている。

    石原氏は2月27日から入院していた。


    ※軽度の脳梗塞だったそうです。まとめにある国会答弁で、国民のみなさんに対する遺言 という言葉を使われていたので私は心配してました。
    今は興味がない方が大半かもしれませんね。

  • No.552 総まとめ

    13/03/29 07:27:28

    まとめ【'13,3】

    §石原慎太郎さん§ >>457

    §津川雅彦さん§ >>401

    §麻生太郎さん§ >>361

    §安倍晋三さん§ >>331>>345>>346

    §櫻井よしこさん§ >>501

    §三宅久之さん§ >>456

    §三橋貴明さん§ >>365

    §中山なりあきさん§ >>423>>475

    §国際派日本人養成講座§ >>551
    ・No.789政治的ウソの見分け方
    ・No.787 皇太子殿下の祈り
    ・NO.790 コメが鍛えた日本人
    ・No.738 歴史の嘘の見破り方
    ・No.734 歴史教科書読み比べ(1) ~ なぜ歴史を学ぶのか?
    ・地球史探訪:国際派日本人に問われるIdentity(日露戦争)

    §国益議員§ >>404

    §その他§ >>362

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  • No.551 まとめ

    13/03/28 22:49:00

    国際派日本人養成講座

    No.789政治的ウソの見分け方
    >>461>>462>>463>>464>>465>>466>>467

    No.787 皇太子殿下の祈り >>482>>483>>484>>485>>486>>487>>488

    NO.790 コメが鍛えた日本人 >>513>>514>>515>>516>>517>>518

    No.738 歴史の嘘の見破り方 >>522>>523>>524>>525>>526>>527>>528>>529

    No.734 歴史教科書読み比べ(1) ~ なぜ歴史を学ぶのか? >>532>>533>>534>>535>>536>>537>>538

    地球史探訪:国際派日本人に問われるIdentity(日露戦争)>>546>>547>>548>>549>>550

  • No.550 続き

    13/03/28 22:45:24

    >>549
    ■ 4.自らの来歴を知れば志が育つ■

    欧米の国際派エリートが、冒頭の文章のように大英帝国の偉業を誇るなら、国際派日本人はこうした日本の来歴を語らねばならない。

    それでこそ、政治的独立を勝ち取った世界の諸民族が、今後はさらに経済的にも自立してやっていけるように支援していく事を志す国際派日本人も現れるであろう。

    前章で紹介した歴史教科書では、乃木も東郷も出てこない。

    日本人がどんな思いで戦ったのか、それを世界の人々がどう受けとめたのか、まったく書かれていない。

    ここには歴史の事実はあっても、 真実はない。

    こういう教科書では、自らの来歴に誇りを持ち、使命感を持って国際社会で活躍しようという志を持った国際派日本人は育たないであろう。

    日本が成し遂げた世界史的偉業は、日露戦争だけではない。
    この「国際派日本人養成講座」では、これからも折にふれて、将来の国際派日本人が知るべき具体的な史実を提供していくので、それらを通じて、「自分は何者なのか」を探求して欲しい。

    [参考]
    1.「新しい日本の歴史が始まる」
    新しい歴史教科書をつくる会編
    幻冬社、平成9年

    2,Churchill's History of the English-Speaking Peoples
    (編集者による序文を抄訳)

    3.「こんな『歴史』に誰がした」
    渡部昇一・谷沢永一
    クレスト社、平成9年

    4,大正13年12月3日~I6日「大阪毎日新聞」連載  「大アジア主義」

    5.ネルー自伝、上

    6.SUOMEN KUVALEHTI、1985年3月号
    「日本海海戦八十周年特集」

    7.「世界に生きる日本の心」
    名越二荒之助
    展転社、昭和62年
    (「中近東の旅」、山口康助氏より)

    8.「大東亜会議とバンドン会議」
    加瀬俊一郎、祖国と青年
    平成6年9月号

    9.「20世紀の日本人アメリカ黒人の日本人観1900-1945」
    レジナルド・カーニー、山本伸訳
    五月書房

    10,「記念艦三笠とニミッツ提督」
    アメリカ海軍ニミッツ提督は尊敬する東郷元帥を記念するために戦艦三笠の保存を主張した。

  • No.549 続き

    13/03/28 22:39:27

    >>548
    ・ポーランド
    大戦後、私(加瀬俊一氏)がヨーロッパの大使をしていた時に、東ヨーロッパの状態を見たいと思い、ポーランドを自動車で視察したことがあります。(中略)
    それで、道を尋ねるためにある教会に立ち寄ったんです。
    年輩の上品な神父が出て来てね、日本人だと言うと、「ああ、いらっしゃい。日本の車があちこち走っているって聞いてました」
    そういって喜んでお茶を出してくれたんです。
    そうしたら傍らに、小さい男の子が来てね。
    それで私は、「君の名前はなんていうの」って聞くと、「ノギ」って言うの。

    「えっ。ノギ?」

    すると神父さんが言うんです。
    「ノギ」というのは乃木大将のノギですよ。ノギとかトーゴーとかこの辺はたくさんいましてね。ノギ集まれ、トーゴー集まれっていったらこの教会からはみだしますよ。」
    「トーゴー」はもちろん東郷平八郎に因んでのことです。
    ポーランドはロシアの悪政に反抗して、独立闘争に多くの血を流した歴史をもっているんです。
    そのロシアを打ち倒した英雄に因んで名前をつけるわけです。
    なるほどと思いました。

    ・アメリカの黒人
    日露戦争当時、黒人新聞各紙は、西洋帝国主義の重圧に苦しむ日本人を「アジアの黒人」と呼び、白人に挑む東郷艦隊を声援したり、一部の黒人社会では驚くことに、日本ブームが起きて、日本の茶器や着物も流行。
    さらには、黒人野球チームの中から、「ジャップ」(当時、この言葉は日系人に対する侮蔑語ではなかった)を自称するチームも出ていたという。

    日露戦争は非白人が本格的な近代戦で白人をうち負かし、世界中の抑圧されていた人々の希望に火を灯した。

    20世紀は、世界の諸民族が自由と独立を勝ち取った世紀として、世界史に記述される。

    日露戦争での日本の勝利は、まさにその夜明けを告げる鶏鳴であったのである。

    続く

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  • No.548 続き

    13/03/28 22:32:30

    >>547
    ■3.日露戦争の世界史的意義■

    日露戦争の真実は、ロシアの南下をくい止めて、当時の帝国主義時代に、日本が国家の安全と独立を保った、という点にあるが、そればかりではない。
    当時の国際社会で、この日露戦争がどのように受け止められたか、を以下に見てみよう。

    ・中国の国父孫文 どうしてもアジアは、ヨーロッパに抵抗できず、ヨーロッパの圧迫からぬけだすことができず、永久にヨーロッパの奴隷に ならなければならないと考えたのです。(中略)
    ところが、日本人がロシア人に勝ったのです。
    ヨーロッパに対してアジア民族が勝利したのは最近数百年の間にこれがはじめてでした。
    この戦争の影響がすぐ全アジアにつたわりますとアジアの全民族は、大きな驚きと喜びを感じ、とても大きな希望を抱いたのであります。

    ・インド・初代首相ジャワハルラル・ネルー
    日本の戦捷(せんしょう)は私の熱狂を沸き立たせ、新しいニュースを見るため毎日、新聞を待ち焦がれた。(中略)
    五月の末に近い頃、私たちはロンドンに着いた。
    途中、ドーヴァーからの汽車の中で対馬沖で日本の大勝利の記事を読み耽りながら、私はとても上機嫌であった。

    ・フィンランド大統領パーシキピ
    私の学生時代、日本がロシアの艦隊を攻撃したという最初のニュースが到着した時、友人が私の部屋に飛ぴ込んできた。
    彼はすばらしいニュースを持ってきたのだ。
    彼は身ぶり手ぶりをもってロシア艦隊がどのように攻撃されたかを熱狂的に話して聞かせた。
    フィンランド国民は満足し、また胸をときめかして、戦のなりゆきを追い、そして多くのことを期待した。

    ・トルコ
    昭和四十四年に、山口康助氏(現・帝京大学教授)がトルコの古都ブルサに泊った時、ある古老が片言の日本語を混えて、
    「ジャポン! ニチロ、アラガート(日本の人たちよ! 日露戦争に勝ってくれて有難う)」と、呼びかけてきました。
    続いて古老は、日本が日露戦争に勝った時、トルコ人は狂喜して、息子や孫に「トーゴー」「ノギ」の名前をつけ、イスタンブールの街には、「東郷通り」「乃木通り」ができた事など、語ったそうであります。

    続く

  • No.547 続き

    13/03/28 22:14:16

    >>546
    ■2.日露戦争はどちらが勝った?■

    さて、前章の誇り高き英米の歴史教育に比して、我が国ではどうであるか、実態を見てみよう。

    ある中学歴史教科書の日露戦争に関する記述に関して、次のような逸話が紹介されている。

     1903年(明治37年)、ついに日露戦争が始まった。
    日本軍は苦戦を重ねながらも戦局を有利に進めた。
    しかし、日本の戦力は限界に達し、ロシアでは革命運動がおこるなど、両国とも戦争を続けることはむずかしくなった。
    1905年、日本を支持してきたアメリカの斡旋で講和会議が開かれ、ポーツマス条約が結ばれた。(東京書籍)

    この部分を、ある編集者がその細君に読ませたところ

    「えっ、日本は日露戦争に勝ったんじゃなかったの!?」と叫んだそうです。

    確かにこの教科書の記述に嘘はない。

    日本の国力が限界に来ていたことも、アメリカの斡旋で講和にこぎつけたのも事実である。

    この執筆者が、なんとか「日本が勝った」という一文を入れずに日露戦争を記述しようとする非常なる努力と工夫には敬服する。

    執筆者 はよほど愛国的なロシア人に違いない。

     このように、自説に都合の良い事実だけを並べると、どのような歴史記述も可能なのである。

    この手法を使うと、たとえば、忠臣蔵などは次のように記述できる。

     浅野匠守は江戸城中で私怨から突如吉良上野介に斬りかかり、その罪により、切腹、お家断絶となった。
    この事件で浪人となった47名の元藩士は、吉良を逆恨みし、その家屋敷を急襲して、家人あらかたを惨殺した後、無抵抗の老人上野介の首を切り落として、槍の上に掲げ、江戸市中を凱旋した。

     これもすべて事実のみの記述である。

    これを読んだ子供達は、日本人は昔から残虐な物語が好きなのだろう、と信じ込むであろう。

    これでは、なぜ忠臣蔵が繰り返し芝居になり、映画になって、日本人に愛され続けてきたかが、まったく分からない。

    そこにこそ日本人のアイデンティティが現れているはずなのに。

    歴史における真実と、事実とは同じではない。

    国際派日本人は自らのアイデンティティに関して、真実を学ばねばならない。

    続く

  • No.546

    13/03/28 22:07:35

    >>539
    国際派日本人養成講座
    平成9年10月18日

    地球史探訪:国際派日本人に問われるIdentity

    ■1.国際エリートに求められる歴史の見識■
    アメリカは、国防総省、国務省(日本の外務省にあたる)という最も枢要な役所で、人を採用するときに十日間以上、ディベートをやります。

    ほかの教科をすべて百点取っても、歴史の点が悪いと、国防総省、国務省の役人として入れません。

    国防も外交も、国際社会の中での仕事である。

    そこで何よりも自国の歴史に関する見識が問われる、というのは、なぜなのだろうか。

    ここには国際派日本人として、学ぶべき大事なポイントがあるのではないか。

    たとえば、英米国民だったら、次のような歴史を学ぶのだろう。

    英国の首相、ノーベル文学賞受賞作家、ウィンストン・チャーチル の大著「英語国民の歴史」の冒頭の序文である。
     アフリカ、アジア、そして新大陸の争奪戦が始まった1500年頃、ヨーロッパの北辺の霧深い小島の住民が、競争相手をうち負かして、すべての大陸とすべての海に、勢力を広げ、諸制度をうち立て、その国民性をふきこんだ、とは誰が予想し得たであろう。

    英語は、アメリカ合衆国とカナダの大平原で、オーストリアの奥地で、そしてトロントやボンベイやヨハネスブルグで使われ、すべての文明国の共通語になりつつある。

    英国の法体系は、サンフランシスコ、メルボルン、トリニダッド、マルタの判事達に使われている。
    そしてその議会制度は百カ国もの国々で用いられている。

    なんたる壮観であろう。

    これに比べればアレキサンダー大王やモハメッド、ナポレオンの偉業すら小さく見える。

    歴史を学ぶことは、この世界の中で自分が何者であるか、すなわち自らのIdentityを知ることである。

    こういう自らの来歴を知った 英米の青年は、外交官、ビジネスマン、軍人として、先祖への誇りと子孫への使命感を持って、国際社会の中での仕事に取り組むであろう。

    続く

  • No.545 匿名

    13/03/25 18:58:12

    >>543政治に関して、ば かでも分かる説明
    http://mamastar.jp/bbs/comment.do?topicId=1843120

    こんなトピもあるからわからない事があったら質問してみて

  • No.544 政治に

    13/03/25 13:44:04

    >>543限定した内容ではないんですよ。政治について、と限定せずに読める内容のもブログにはありましたよ。

    後、難しいと思うところは主にどういう所ですか?漢字とかですか?

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  • No.543 読んでも

    13/03/25 12:47:53

    >>539
    難しくて 理解できなかった。

    アホでもわかる政治が知りたい

  • No.542 このブログは

    13/03/25 10:01:35

    >>539本当に一見の価値有り。何より参考文献がしっかりしてる。引用してるものには、きちんとページ数まで記入してある。そして話題が多岐に渡ってるので面白く読める。

  • No.541 匿名

    13/03/25 06:47:09

    http://hibikan.at.webry.info/201102/article_420.html

    &#x{12:F75B};日本の子供達教育する教師マニュアルを韓国人が作成なんて許してはいけない

  • No.540 総まとめ

    13/03/24 22:54:11

    まとめ【'13,3】

    §石原慎太郎さん§ >>457

    §津川雅彦さん§ >>401

    §麻生太郎さん§ >>361

    §安倍晋三さん§ >>331>>345>>346

    §櫻井よしこさん§ >>501

    §三宅久之さん§ >>456

    §三橋貴明さん§ >>365

    §中山なりあきさん§ >>423>>475

    §国際派日本人養成講座§ >>539
    ・No.789政治的ウソの見分け方
    ・No.787 皇太子殿下の祈り
    ・NO.790 コメが鍛えた日本人
    ・No.738 歴史の嘘の見破り方
    ・No.734 歴史教科書読み比べ(1) ~ なぜ歴史を学ぶのか?

    §国益議員§ >>404

    §その他§ >>362

  • No.539 まとめ

    13/03/24 22:50:24

    国際派日本人養成講座

    No.789政治的ウソの見分け方
    >>461>>462>>463>>464>>465>>466>>467

    No.787 皇太子殿下の祈り >>482>>483>>484>>485>>486>>487>>488

    NO.790 コメが鍛えた日本人 >>513>>514>>515>>516>>517>>518

    No.738 歴史の嘘の見破り方 >>522>>523>>524>>525>>526>>527>>528>>529

    No.734 歴史教科書読み比べ(1) ~ なぜ歴史を学ぶのか?>>532>>533>>534>>535>>536>>537>>538

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  • No.538 続き

    13/03/24 22:46:30

    >>537
    ■8.歴史("history")は物語("story")

     これに比べると、育鵬社版(②)の「尊敬できる人物を見つけ、そこから生き方を学ぶ」というアプローチは、従来からの歴史物語や伝記の世界に通じるものである。

    「歴史("history")は物語("story")」というのは、一昔前までは世界の多くの文化文明での常識的な捉え方であった。

     中学の歴史教育は、専門的な歴史研究を中学生にも分かるレベルで水増しして教えるものなのか、それとも自分の生き方を考えるための「経験の宝庫」を探求させるためのものなのか。

     中学校学習指導要領の[歴史的分野]では、目標として次の項目が挙げられている。

    ・我が国の文化と伝統の特色を広い視野に立って考えさせるとともに,我が国の歴史に対する愛情を深め,国民としての自覚を育てる。

    ・国家・社会及び文化の発展や人々の生活の向上に尽くした歴史上の人物と現在に伝わる文化遺産を,その時代や地域との関連において理解させ,尊重する態度を育てる。

     どちらの教科書が、この学習指導要領の目標に適っているかは、明らかである。
    (文責:伊勢雅臣)

  • No.537 続き

    13/03/24 22:44:42

    >>536
    ■7.歴史学研究と歴史教育の違い

    「なぜ歴史を学ぶのか」というスタートラインだけでも、これだけの違いがある。

     東京書籍版(①)は「現在のことが大切なら、その歴史にも意味があるのではないでしょうか」と、知的、抽象的に述べ、育鵬社版(②)は「先人が築いてきた歴史のバトンを受けつぎ、これからの歴史をつくっていく、たくましいランナーになるために」と、生き方のレベルで説く。

     なぜこんな差が出るのか。

    弊誌が邪推するに、東京書籍版の著者たちは戦後長らく歴史学界を風靡してきたマルクス主義の影響下で研究してきた人々ではないか。

     マルクス主義は「労働者階級と資本家階級の階級闘争が歴史を形成してきた」というような理論的、抽象的な見方をする。

    そこには歴史上の人物が志を抱いて、自分の人生を何事かに掛けて生きていった、というような個人の「生き方」は捨象されてしまう。

     したがって歴史の中に尊敬する人物を見つけるという、心躍らせる醍醐味は味わえない。
    味わえるのは、歴史のメカニズムを理論的に解明する知的興味だけである。

    これはマルクス主義に限らず、専門的な専門的な歴史研究では概ねこうなってしまう。

     こういう姿勢で、長年、歴史を研究してきた人々には、歴史学で知的興味を満たすことはあっても、手に汗握る歴史物語を読んだり、尊敬する人物の伝記から生きる元気をもらったり、という経験はあまり持ち得ない。

     歴史学の専門研究者ならそれでも良い。

    しかし、そうした人々が専門研究を離れて、中学生になぜ歴史を勉強するのか、と説こうとすると、「現在のことが大切なら、その歴史にも意味があるのではないでしょうか」などという気の抜けたセリフになってしまう。

    続く

  • No.536 続き

    13/03/24 22:39:42

    >>535
    ■6.「たくましいランナーになるために」
     続いて、こう述べる。
    __________

     何百年、何千年という長い時間の中で、私たちの先人が積み重ねてきた分厚い地層のような歴史には、さまざまな「成功や失敗の教訓」がぎっしりとつまっています。

     この「経験の宝庫」を学んでいくと、歴史の登場人物の中に、数多くの尊敬できる人を見いだすことができるでしょう。

    皆さんがこれからの人生で、困難に直面し判断に迷ったとき、それらの人物の行動から、大きなヒントを得ることができればと思っています。

     そして、歴史の旅を進めていくと、私たちが住んでいる日本という国は、古代に形作られ、今日まで一貫して継続していることに気がつくと思います。

    その理由は何なのか考えてみてください。

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

     歴史は、さまざまな「成功や失敗の教訓」がぎっしりと詰まった「経験の宝庫」である。

    そこで尊敬する人物を見出したり、自分の人生での大きなヒントが得られるかもしれない。

    すなわち、歴史とは「生き方」を学ぶ場だ、と捉えているのである。

     この後で、次の印象的な結びを迎える。
    __________

     いよいよ歴史の旅が始まります。

    先人が築いてきた歴史のバトンを受けつぎ、これからの歴史をつくっていく、たくましいランナーになるための、旅の始まりです。

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

     ここに何のために歴史を学ぶのかが、簡潔明瞭に述べられている。

    一人ひとりの生徒が、先人からバトンを受け継いで、これからの歴史をつくっていく「たくましいランナー」になることである。

    続く

  • No.535 続き

    13/03/24 22:37:09

    >>534
    ■5.「これから皆さんは、歴史の旅を始めます」

     育鵬社版のアプローチは、まるで違っている。まず冒頭の口絵から「日本の美の形」と題し、古代から江戸時代までの芸術作品が、美しいカラー写真で、何ページにもわたって、てんこ盛りで紹介されている。

     琴を引く埴輪の可愛らしい姿、青空を背にすっくと立つ法隆寺五重塔、金剛力士像の憤怒の表情、朝焼けに染まった雄大な赤富士の浮世絵。

    新学年になって、真新しいこの教科書を開いた中学生が、心をときめかせながら、ページをめくる姿が思い浮かぶ。

     その後で、「歴史の旅を始めよう」と題して、次のように語りかける。
    __________

     これから皆さんは、歴史の旅を始めます。 

    この旅の途中で、いろいろな歴史の風景に出会うことでしょう。

    その際に、注目して欲しいことがあります。

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

     として、まず漢字からひらがな、カタカナを創り上げた日本語の例をあげて、「海外からさまざまな文化を取り入れながらも、それを独自のものにつくりあげてきた長い伝統があることに注目してください」と述べる。

    __________

     次に、この旅では、さまざまな文化遺産と出会えるでしょう。

    穏やかな仏像や力強い仏像、華やかな絵巻や動きが伝わるような絵画、そして美しい庭園や建物・・・。

     このようなみごとな文化を築くことができたのはなぜでしょうか。

    そうした視点で日本列島にある各時代の「文化の宝庫」を見ていけば、歴史の旅は数倍も楽しくなるでしょう。

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

     冒頭の見事な口絵に心動かされた中学生にとっては、これからの「歴史の旅」に期待を抱くだろう。

    続く

  • No.534 続き

    13/03/24 22:34:31

    >>533
    ■4.なぜ「日本を中心とした、人類の歴史を学習する」のか

     しかし、この説明で「なるほど」と納得する中学生がどれくらいいるだろう。

    「すべてのものに歴史がある」というのは事実だが、それなら、なぜことさら「日本を中心とした、人類の歴史を学習する」のかが説明されていない。

     ある中学生から「自分は日本の国よりもゲームに関心があるから、日本の歴史よりもゲームの歴史を勉強したい」と言われたら、どう答えるのだろうか。

     そして、この生徒の希望通り、ゲームの歴史を勉強させても、「へえー、昔の子どもはこんな幼稚なテレビゲームしかなかったんだ」と思うくらいが関の山であろう。

    そんな子に「現在のことが大切なら、その歴史にも意味があるのではないでしょうか」と言っても、「馬の耳に念仏」ではないか。

     東京書籍版の「著作関係者」として、一流大学の教授陣も含め、50人ほどの方々が名を連ねており、それぞれが生涯をかけて歴史の研究をされている人々なのだろうが、それにしては他人事のような、迫力に欠けた説明である。

    「自分が生涯をかけて追求している歴史学とは、こんなに面白い学問なのだ、それを見てくれ」というような気迫がまるで感じられない。

    これでは、中学生の心に届くメッセージにはなりえない。

    続く

  • 広告
  • No.533 続き

    13/03/24 22:29:58

    >>532
     こちら(②)は育鵬社『新しい歴史教科書』で、まだ4%に過ぎないが、来年度の採択シェアを伸ばしている。

     両方とも、平成17年の検定に合格しているのだが、同じ日中戦争をまるで違ったように描いている。

    これはほんの一例で、それぞれの教科書は、各時代を全く異なった歴史観で記述している。

     同じ日本の中学生がこれほど異なる歴史教科書で学ぶとは、なんとも異様な事態だ。

    中学校の歴史教育という一般国民の常識を形成する教育過程で、こんなことが許されてよいはずはない。

     これから、月に1回程度のペースで、時代ごとにこの二つの歴史教科書を読み比べ、最近の歴史研究成果も援用しながら、どちらが史実に近いのか、探っていきたい。

    ■3.「すべてのものに歴史がある」!?

     今回は読み比べの準備段階として、「なぜ歴史を学ぶのか」という部分を比較してみよう。

    このスタートの部分からすでに双方の教科書の姿勢が大きく異なっている。

     まず東京書籍(①)から見てみよう。

    「なぜ歴史を学ぶのか」について、直接的に述べているのは、わすか三分の一ページほどである。
    __________

    「なぜ歴史を学ぶのか」ということを考えたことがありますか。

    「過去のことを知ったって、何の役にも立たないよ。現在に生きているわたしたちには、現在のことが大切だよ。」という声が聞こえてきそうです。

     しかし、過去のことが姿を変えて、なんらかの形で現在にまでつながっていたらどうでしょうか。

    現在のことが大切なら、その歴史にも意味があるのではないでしょうか。

    つまり「すべてのものに歴史がある」ということを考えてほしいのです。・・・

     これから日本を中心とした、人類の歴史を学習する前に、まず、自分の好きなものを選んで、その歴史を解き明かすことを始めましょう。

    それが、第2章からの、歴史の学習の基礎になっていくのです。
     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    「自分の好きなもの」の一例として、生徒が「マンガの歴史」を調べた事例が紹介されている。

    鳥獣人物戯画、北斎漫画、のらくろ、鉄腕アトムなどが年表風にまとめられている。

    続く

  • No.532

    13/03/24 22:26:10

    >>530
    No.734 歴史教科書読み比べ(1) ~ なぜ歴史を学ぶのか?
    2012/02/05 04:49
    「なんのために歴史を学ぶのか」というスタートラインからして、これだけ違う。
    ■転送歓迎■ H24.02.05 ■

    ■1.侵略する日本軍か、戦争に引きずりこまれた日本軍か

     次の二つの中学歴史教科書の日中戦争に関する記述を読み比べていただきたい。

    __________

    ①1937(昭和12)年7月7日、北京郊外の盧溝橋(ろこうきょう)で起こった日中両国軍の武力衝突(盧溝橋事件)により、日中戦争が始まりました。

     戦火は華北から華中に拡大し、日本軍は、同年末に首都南京を占領しました。

    その過程で、女性や子どもをふくめ中国人を大量に殺害しました。(南京事件)

    しかし蒋介石は、政府を漢口、ついで重慶に移して、日本軍への抵抗を続けました。

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    __________

    ②1937(昭和12)年7月7日夜、北京郊外の盧溝橋で、演習していた日本軍に向けて何者かが発砲する事件がおき、これをきっかけに、翌日には中国軍と戦闘状態になった(廬溝橋事件)

    事件そのものは小規模で、現地解決がはかられたが、日本側も大規模な派兵を決定し、国民党政府もただちに動員令を発した。

    こうして、以後8年間にわたる日中戦争が始まった。

     同年8月、外国の権益が集中する上海で、二人の日本人将兵が射殺される事件がおき、これをきっかけに日中間の衝突が拡大した。

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    ■2.同じ日本の中学生がかくも違った教科書で歴史を学んでいる

     前者(①)で描かれた日本軍は能動的に中国を侵略している。

    多感な中学生時代に、こういう歴史教科書で学んだら、我が国さえ中国を侵略しなければ日中戦争は起きなかった、と考えるに違いない。

     これは、中学歴史教科書で50%以上のシェアを持つ東京書籍の『新編 新しい社会 歴史』である。
    尖閣海域で我が国の巡視船に体当りしてきた中国漁船の船長を無罪放免してしまった政治家などは、こんな歴史教科書で育った人だろう。

     後者(②)の教科書で学んだ中学生は、国際政治の難しさを学ぶだろう。

    自国が間違いを犯すこともあるし、何者かの陰謀で戦争に引きずりこまれることもある。

    そうした中で、自国の平和と安全を守るには、よほどの知恵が必要だと痛感するかもしれない。

    続く

  • No.531 総まとめ(改)

    13/03/24 14:00:00

    まとめ【'13,3】
    §石原慎太郎さん§ >>457

    §津川雅彦さん§ >>401

    §麻生太郎さん§ >>361

    §安倍晋三さん§ >>331>>345>>346

    §櫻井よしこさん§ >>501

    §三宅久之さん§ >>456

    §三橋貴明さん§ >>365

    §中山なりあきさん§ >>423>>475

    §国際派日本人養成講座§ >>530
    (No.789政治的ウソの見分け方、No.787 皇太子殿下の祈り、NO.790 コメが鍛えた日本人、No.738 歴史の嘘の見破り方)

    §国益議員§ >>404

    §その他§ >>362

  • No.530 まとめ

    13/03/24 13:57:03

    国際派日本人養成講座

    No.789政治的ウソの見分け方
    >>461>>462>>463>>464>>465>>466>>467

    No.787 皇太子殿下の祈り >>482>>483>>484>>485>>486>>487>>488

    NO.790 コメが鍛えた日本人 >>513>>514>>515>>516>>517>>518

    No.738 歴史の嘘の見破り方>>522>>523>>524>>525>>526>>527>>528>>529

  • No.529 続きです

    13/03/24 13:50:32

    >>528
    ■8.中国に「南京大虐殺」カードを捨てさせるには

     中国の言う「南京大虐殺の犠牲者30万人」の根拠とは、この程度の子供騙しなのである。そして、中国政府はそれを知りつつも、今後も「南京大虐殺」という外交カードが有効である限り、それを使うことをやめないであろう。

     この外交カードを無効にするためには、まずは日本国民の中で、中国の言う「南京大虐殺」がどれほどいい加減で、根拠のないものであるかをよく認識する必要がある。

    そして河村市長のような発言が出た場合に、広範な国民的世論でしっかり支持をし、中国側が友好行事の中止などと揺さぶりをかけても、「どうぞご勝手に」と無視する姿勢が必要である。

     逆に、日本の政治家や外交官が、目先の「日中友好」を求めて、「南京大虐殺」を史実として認め、すぐに謝ってしまおうとしたら、それに対する轟々たる世論の非難を浴びせかけなければならない。

    政治家や官僚が、国家国民の名誉よりも、自己の保身や功業を優先すれば、当然、その報いを受けなければならない、というのが、民主政治の正道である。

     日本国民がこのような確固たる世論を確立して、中国が「南京大虐殺」は外交カードとして効力を失った、使っても損をするだけだ、と悟った時、彼らはその使用をあきらめるであろう。

    要は日本国民の自覚の問題なのである。

    (文責:伊勢雅臣)

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  • No.528 続きです

    13/03/24 13:48:46

    >>527
    ■7.遺体埋葬数の不思議

     もう一つ、26万余の犠牲者があったとする根拠のうち、大きなものは、南京市崇善堂という慈善団体が犠牲者112,266体の埋葬を行ったという資料である。

     その詳細数値が期間毎に出ており、これを一日平均埋葬数として算出すると、以下のようになる。

    ・昭和12年12月  506体/日

    ・昭和13年1月  49

    ・    2月  87

    ・    3月  77

    ・    4月 8,060

     事件直後の1912年12月こそ、一日あたり506体もの遺体を埋葬しているが、その後、49体、87体、77体と減少している。

    3月までの記録では、埋葬場所も記録されており、合計で7,548体であり、ここまでは理解できる。

    ただ戦闘での死者もありうるから、当然のことながら、埋葬数=虐殺数ではない。

     それが事件後、5ヶ月目にして、一挙に日当たり8,060体と百倍にも急増している。

    場所は城外というだけで、記載がない。

    弁護側は、日本軍が清掃した後で、5ヶ月も経ってから、合計10万4718体もの死体が残っているはずがない、と主張している。

     この記録も、証人を喚問して、弁護側が反対尋問をかけたら、すぐにウソがばれたはずだ。

    「南京大虐殺30万人」とは、こんな数字から出てきているのである。

    続きます。

  • No.527 続きです

    13/03/24 13:45:04

    >>526
    ■6.「数字補強の原則」

     もう一つのウソを見破る方法として、ベンダサンが挙げているのが「数字補強の原則」である。

    脳裏に情景が浮かばないのに、日時・時間・距離・金額その他の数字が異常に正確なものは、数字によって信憑性を補強しようとしており、その数字を子細に検討すれば、「必ず数字に矛盾が出てくる」とベンダサンは言う。

    この証言でも「5万7048人」という数字が出てくるが、「四、五ヶ村」もの広域に閉じ込められた人数を、しかも「凍餓し死亡する者すこぶる多し」という危機的な状況の中で、どうしてこんなに正確に数えられるのか? 

    それも、村の数ですら「四、五ヶ村」としか、数えない人間が。

     この証言書は書面として提出されただけで、証言者に対して弁護側が反対尋問する機会は与えられなかった。

    アメリカ人弁護士は、「本人を出廷せしめて、直接反対尋問することは、(英語を話す国民においては)常識である」と批判している。

    それが出来なければ「見たこともない、聞いたこともない、またどこにいるかも分からない人間の証言を使って審理することになる」という。

     東京裁判で26万余名の虐殺があったとする判決の根拠の一つが、この「見たこともない、聞いたこともない、またどこにいるかも分からない人間」の証言した「5万7048人」なのである。

    続きます。

  • No.526 続きです

    13/03/24 13:39:22

    >>525
    ■5.「機銃掃射し、銃剣で刺し、石油をかけて殺し」

     もう一つの例を取り上げてみよう。東京裁判では「南京大虐殺」で26万人以上が虐殺されたと判決を下したが、その根拠の一つが次の証言だった。
    __________

     敵(日本)軍入城後、まさに退却せんとする国軍、および難民男女老若合計5万7048人を幕府山付近の四、五ヶ村に閉じ込め、飲食を断絶す。

    凍餓し死亡する者すこぶる多し。

     1937年12月16日の夜間に至り、生き残れる者は鉄線をもって二人を一つに縛り四列に並ばしめ、下関・草鞋峡に追いやる。

    しかる後、機銃をもってことごとく掃射し、さらにまた、銃剣にて乱刺し、最後には石油をかけて焼けり。

    焼却後の残屍はことごとく揚子江中に投入せり。

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

     機銃掃射し、銃剣で刺し、石油をかけて殺し、さらにその屍を揚子江に投入するなどという手間のかかることを、なぜ日本軍はしなければならないのか。

     そもそもこの証言者は、こういう虐殺シーンに立ち会いながら、どういう風に生き延びたのか?

     日本兵に見えない透明人間として現場を見ていたというなら、分かるが。

     これも前節の例と同じで、脳裏に思い浮かべることのできない光景である。

    続きます。

  • No.525 続きです

    13/03/24 13:35:07

    >>524
    ■4.「彼は袋の中で暴れ、泣き、怒鳴った」
     東は裁判の途中でも、TVに登場して、こう語った。
    __________

    (ナレーションが東の日記を読み上げる)

     どこからか、一人の支那人(放送ママ)が引っ張られてきた。
    彼を袋の中に入れ自動車のガソリンをかけ火をつけようというのである。
    彼は袋の中で暴れ、泣き、怒鳴った。

    (東) ガソリンぶっかけて、ガソリンというのをね、たった一リッターかけても、ブワッと広がるんです。

    ボーッと飛び上がりおった。

    飛び上がって、転がるわけね。・・・

    「おい、そんなに熱ければ、冷たくしてやろうか」と言うと、手りゅう弾を2発、袋の紐に結びつけて沼の中へほうりこんだ。

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

     東の証言で、その状況が脳裏に再現できるか、という観点から、長浜氏はこう述べる。
    __________

     先ず郵便物を人に押込んでガソリンで火をつけた後、どの様にして手榴弾を結びつけたのか。

    結びつけてから安全装置を外したのか、燃えさかる中でそんなことができる筈がない。

     この郵便袋を池に投げ込んだというが、燃えさかり、手榴弾を結びつけられ、人の入った郵便袋を素手で投げ込んだのか、想像すらできない。

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

     長浜氏の主張をヒントに、もう少し想像してみよう。

    郵便袋にガソリンをかけて火をつけたら、炎が「ブワッと広が」って、近づくことすら危険だろう。

    その中の人間が「飛び上がって、転がる」

    それを押さえ込み、手榴弾を結びつけるだけで、大やけどしてしまうはずだ。

    また人間なら少なくとも50キロはあろう。

    水中とは言え、手榴弾を爆発させるなら、危ないから少なくとも10メートルほどには遠くに投げなければならない。

    スーパーマンならいざ知らず、普通の人間がどうやったら、50キロもの人間入りの袋を、しかも燃えさかっている状態で、何メートルも投げることができるのか。

     そもそも、この分隊長は、自分が大やけどをしたり、手榴弾の爆発で大けがをする危険を冒してまで、なぜこんな手の込んだ遊びをしなければならないのか。

     どうにも脳裏で再現することが不可能な光景である。

    判決で「描写を真実として信ずる理由もない」というより、「描写をウソとして信ずる理由ばかり」と言うべきだろう。

    続きます。

  • No.524 続きます

    13/03/24 13:31:50

    >>523
    ■3.「脳裏再現性の原則」

     長浜浩明氏は『文系ウソ社会の研究』で、戦後左翼が語ってきた様々なウソを列挙し、そうしたウソの見破り方として、イザヤ・ベンダサンが『日本教について』で説いた原則を紹介している。

    (余談:イザヤベンダサン氏は 日本人とユダヤ人 という著書で有名です。)

    その第一が「脳裏再現性の原則」である。ベンダサンによれば、
    __________

    「事実」を述べる場合は、語られた言葉のどこかに「明確な写生的表現」が含まれているのが当然で、それがないのは異常だと言うことは確かに言えます。

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

     人間が外部から得る情報の80%以上は、視覚を通じてだという。

    したがって、本当に本人が見聞したことなら、それを視覚的な光景として表現できるはずである。

    逆に脳裏に再現できない光景というのは、ウソである可能性が高いということになる。

     長浜氏は、この原則を「南京大虐殺」で自らも悪逆の限りを尽くしたと主張する自称「元陸軍一等兵」東史郎が『わが南京プラトーン-一召集兵の体験した南京大虐殺』に記述した内容に適用している。

    それは次のような一節である。
    __________

     日本軍の分隊長が支那人を郵便袋に入れ、ガソリンをかけて火をつけ、冷やしてやると言って手榴弾を結わえて沼に放り込み爆死させた。

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

     この分隊長・橋本光治氏が登場して、東を名誉毀損で訴えたことで裁判となり、この記述が法廷で吟味されることとなった。

    裁判の結果、「本に記載されている虐殺行為を裏づける客観的証拠も、描写を真実として信ずる理由もない」として、法廷は東らに罰金50万円の支払いを命じた。

    続きます。

  • No.523 続きです

    13/03/24 13:24:52

    >>522
    ■2.中韓の自己正当化のための歴史

     近年、我が国は中国の「南京大虐殺」や韓国の「慰安婦問題」など、近隣諸国の歴史攻撃にさらされてきたが、「言いたいことがあっても我慢して、心から謝れば、許してくれる」という日本的な美徳が通用しない相手である事は、誰の目にも明らかになりつつある。

     やはり、相手の非難に対して、歴史事実がどうであったかを徹底的に反論する必要がある。

    その意味で、河村市長の「南京で歴史に関する討論会をしてもいい。互いに言うべきことを言って仲良くしていきたい」という発言は、国際常識に則った姿勢である。

     歴史のウソを政治宣伝に使うという手段は、古今東西を問わず、広く行われてきた。

    特に中国の歴代王朝は自らを正当化するために、前王朝の歴史を悪し様に書くことを伝統としてきた。

     現在の共産党政権も「日本軍の侵略から中国人民を解放した」ことを、正当性の根拠としており、そのためにも「南京大虐殺」のように日本軍の悪逆非道ぶりを言い立てる必要がある。

     中国文明の伝統を濃厚に受け継いでいる韓国も同様で、日本帝国主義から国民を解放したことを正当性の根拠としている以上、日本統治が立派であったなどとは、口が割けても言えない。

    政権末期になると、かならず「慰安婦問題」や「日帝(日本帝国主義)36年の搾取」を言い立てて、国民の不平不満を反日の方向にそらし、支持率を維持しようとする。

     中韓とも、歴史とは自政権の正当性を主張するためのカードであるから、彼らの歴史とは、史実を追究することを目指す近代的な歴史学などとは、似て否なるものである。

     したがって、いくら学問的に論破しようとしても、相手が聞き入れるはずもない。

    しかし、まずは日本国民自身が彼らの主張の荒唐無稽さを十分に理解して、彼らの歴史攻撃をはねかえすだけの世論を持つ必要がある。

    本稿では、そのためのノウハウを二つ紹介したい。

    続きます。

  • No.522 国際派日本人養成講座

    13/03/24 13:21:56

    No.738 歴史の嘘の見破り方
    2012/03/04 06:15

    「南京大虐殺」などのウソを見破る二つの方法。
    ■転送歓迎■ H24.03.04 ■

    ■1.河村たかし名古屋市長の「南京大虐殺」否定発言

     名古屋市の河村たかし市長が2月20日、同市役所を表敬訪問した中国共産党南京市委員会の劉志偉常務委員らとの会談で、旧日本軍による「南京大虐殺」について「通常の戦闘行為はあったが、南京事件はなかったと思っている」と発言した。

     その根拠として、河村市長は、終戦時に父親が南京市にいたことを挙げて「事件から8年しかたってないのに、南京の人は父に優しくしていただいた」と指摘した。

    「南京で歴史に関する討論会をしてもいい。互いに言うべきことを言って仲良くしていきたい」とも述べた。

     これに対し、中国南京市は「河村市長は南京大虐殺の史実を否定、南京人民の感情を著しく傷つけた」として、名古屋市との交流を当面中止すると発表した。

     両者の姿勢は対照的である。

    河村市長は父親の体験を根拠として、「南京事件」はなかった、と主張しているのに対し、南京市の方は根拠も示さずに「史実」と決めつけている。

     さらに河村市長は「互いに言うべきことを言って仲良くしていきたい」とオープンな議論を前提とした友好を望んでいるのに対し、南京市の方は河村市長の主張自体が「感情を著しく傷つけた」として、議論そのものを拒否している。

     そもそも相手の主張に対して、自分の「感情が傷つけられた」などと非難するのは、単に議論を拒否して、自分の言うとおりにしろ、と言うのと同じである。

    中国の方が根拠も挙げずに「南京大虐殺」を主張して、日本国民の「感情を著しく傷つけた」ことはお構いなしだ。

    こういう姿勢から、真の友好が生まれるはずがない。

    続きます。

  • No.521 某トピで

    13/03/24 13:16:57

    南京大虐殺の話題がありましたので

    国際派日本人養成講座より引用したものを次レスから貼ります。

    後から、まとめに追記、総まとめ更新します。

  • No.520 総まとめ(改)

    13/03/20 18:39:02

    まとめ【'13,3】

    §石原慎太郎さん§ >>457

    §津川雅彦さん§ >>401

    §麻生太郎さん§ >>361

    §安倍晋三さん§ >>331>>345>>346

    §櫻井よしこさん§ >>501

    §三宅久之さん§ >>456

    §三橋貴明さん§ >>365

    §中山なりあきさん§ >>423>>475

    §国際派日本人養成講座§>>519
    (No.789政治的ウソの見分け方、No.787 皇太子殿下の祈り、NO.790 コメが鍛えた日本人)

    §国益議員§ >>404

    §その他§ >>362

  • No.519 まとめ

    13/03/20 18:34:52

    国際派日本人養成講座

    No.789政治的ウソの見分け方
    >>461>>462>>463>>464>>465>>466>>467

    No.787 皇太子殿下の祈り >>482>>483>>484>>485>>486>>487>>488

    NO.790 コメが鍛えた日本人>>513>>514>>515>>516>>517>>518

  • No.518 つづき

    13/03/20 18:29:26

    >>517
    ■8.コメが地球を救う

     それにしても、日本人はなぜこんな苦労をしてまで、コメ作りにこだわってきたのか。

     まず、第一にコメの方が、小麦よりも美味しいという点がある。

    中国とインドでは2千年にわたり、何億という人間がコメと小麦を食べ比べてきたが、民衆は常にコメを望んでおり、そのためコメは小麦よりも高価となっている。

     欧州でもイタリアやスペインではリゾットやパエリアなど、コメ料理がそれぞれの食文化に定着している。

    人類の歴史を見ても、小麦からコメに転換した民族は少なくないが、その逆は存在しない。

     第2に水田の持つ環境維持機能がある。

    小麦やトウモロコシなどの単一作物の連作を続けると、土地がやせ衰え、不毛の半砂漠状態になっていく。

     それに対して水田は保水機能を持ち、また無数の微生物や昆虫、オタマジャクシ、水鳥の共生するエコ・システムである。

    日本列島で何千年も水田耕作を続けてこられた理由がこれである。

     日本神話では天照大神が孫のニニギノミコトが地上に降りる際に、稲を渡して、これを食物として地上で栽培するように言われた。

    以来、日本人は先祖からいただいたコメに感謝し、また子々孫々のために、一所懸命に水田を守り広げてきた。

    先祖への感謝と、子孫への思いが、日本人を困難な稲作に立ち向かわせてきた第3の理由であろう。

     日本人が稲作を通じて克服してきた食糧や環境の問題に、今や、人類全体が直面している。

    篤農家・星寛治氏は著書『農業新時代-コメが地球を救う』で、こう述べている。
    __________

     いま、地球上に広がりつつある不毛の砂漠を緑のじゅうたんに、そして黄金の穂波に変えることができれば、飢餓の時代は回避できる。

    そのときこそ、みずほの国日本の農民が、2千年かけて蓄積してきた稲作技術、ノウハウのすべてを注ぎこんで、途上国の、いや人類の壮大な実験に貢献すべきだと考える。

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    (文責:伊勢雅臣)

  • No.517 つづき

    13/03/20 18:13:59

    >>516
    ■7.近代工業が花開く土壌を作った稲作文化

     欧米で発達した近代工業を日本がいち早く導入し、なおかつ様々な分野で追い越してしまった、という発展には、灌漑田耕作で培われた勤勉、真面目、几帳面さが大きく寄与している。

    久保田名誉教授は、こうも語っている。

    __________

     たとえば、QC(品質管理)活動などは、もともと西欧で開発されたものですが、日本で定着してしまった。

    農作業はある意味で絶え間ないQC活動の連続のようなものですから、生産性向上、品質向上、粗悪品を出さないといった活動をやることついては、日本人は何の抵抗もないわけです。

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

     ベトナムは早くからフランスの植民地とされて近代化が遅れたが、最近は多くの日本企業が脱中国の一環として進出している。

    筆者もいくつかの代表的な日系工場を訪問したことがあるが、職場は整然と規律正しく、技能訓練は熱心に受講するなど、日本的なモノ作りとの相性の良さを感じた。

    今後、ベトナムの工業は急速に発展していくだろう。

    つづく

  • No.516 つづき

    13/03/20 18:12:33

    >>515
    ■6.灌漑田耕作が、勤勉、真面目、几帳面な民族を作った

     我々の祖先はこのような手間をかけて灌漑田を作り、それを毎年毎年耕し、肥料をやり、雑草をとって、少しでも質の良いコメを、少しでも多く作ろうと、数千年、取り組んできたのである。

    それが日本民族の性格に影響を与えた。

     京都大学霊長類研究所・元所長の久保田競(きそう)名誉教授は、こう語っている。
    __________

    灌漑農業をやるようになると、農業には考えるということが絶対必要になった。

    水を引くとか、堤防を作るとか、耕すとか、苗を植えるとか、雑草を取るとか、天候や気候のことを考えなくてはいけませんし、そのようにして計画的に、先を見ながら、よく考えながら、手足身体をこまめに動かしてコメ作りをやってきたということが、勤勉さや真面目さ、几帳面さといった日本人の性格を作り上げ、また知的な興味も湧いてくるようになったのではないでしょうか。

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

     東南アジアでは、天水田による天然自然に任せたままのコメ作りが行われている、と冒頭で述べたが、実はいくつか例外がある。

     その一つ、ベトナムでは灌漑田耕作が行われており、日本の水田のように、田が整然と仕切られ、畝が作られ、苗が整然と植えられ、除草、施肥、耕耘、土壌作りが丹念に行われている。

    コメは基本的にインディカ米だが、ジャポニカ米のように背丈が低く、相当な品種改良が行われているようだ。

     ベトナム人は、東南アジアの中でも勤勉、真面目、几帳面で、「日本人によく似た民族」と言われている。

    そう考えると、モンゴル帝国がアジアで侵攻に失敗したのは、日本とベトナムである。

    さらに両国とも日清戦争や中越戦争で中国を破り、アメリカにも手を焼かせている。

     日本人とベトナム人が、似たような性格を持っているのは、似たような灌漑田耕作をしてきたからだと言えるのではないか。

    つづく

  • No.515 つづき

    13/03/20 18:07:49

    >>514
     高天原(たかまがはら)の支配者となった天照大神(アマテラスオオミカミ)がまず手がけた重要な仕事が、神々を指揮してコメを作ることであった。

    高天原の「狭田(さなだ)」や「長田(ながた)」に稲を植えたという物語が神話に語られている。

    「狭田」や「長田」とは、いかにも山間の狭い土地を段々に水平にならして作った細長い棚田を思わせる。

    日本によくある真田(さなだ)、長田、さらには山田、谷田などという名字は、まさに稲作のための日本人の水田造成の懸命な努力を象徴しているようだ。

    「一生懸命」はもともとは「一所懸命」であり、一つの領地を命を懸けて守るという鎌倉武士の時代に生まれた言葉のようだが、その土地で何世代にも渡って水田造成をして来た努力を偲べば、先人たちの「一所懸命」の思いも伝わってくる。

    ■4.雑草取りの苦行

     東南アジアの天水田と、日本の灌漑田では稲の品種も異なる。

    天水田では主にインディカ米が作られている。

    これは場合によっては2メートルもの背丈を持ち、深い湿地帯や沼でも容易に育つ。

     日本で作られているのは、丈の短いインディカ米である。

    人工の灌漑田ではそれほど深くできないので、背の低い方が適している。

     インディカ米は丈が高いので、周囲に雑草が生えても、陽光が遮られて、生育が邪魔されるということはない。

    ジャポニカ米は、丈が短いので、雑草に太陽を遮られて衰弱枯死してしまう。

    そのために、人間による雑草取りが欠かせない。

     伊勢神宮には毎朝毎夕、神様にお供えするコメを昔ながらの自然農法で育てている約3ヘクタール(3町)ほどの神田(しんでん)がある。

    新田の管理責任者・森普(すすむ)氏によれば、育てたばかりの苗を田植えした際には、ちょっとした雑草でも弱々しい稲の栄養を奪ってしまうので、怠りなく草取りをしなくれはならない、という。森氏は言う。
    __________

     苗が30センチくらいになるまでに、一枚の田圃(たんぼ)で3回は草取りをせんといかんわけですが、田圃の中を這いながら草取りをしていると、苗が目にささって痛いんですよ。

    昔は、この時期になると、よく目医者が流行ったものです。

    まさに汗と涙の結晶でした。

     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    (中略します)

  • No.514 つづき

    13/03/20 17:41:35

    >>513
    _________

     日本は地形的にも平地が少なく、急峻な川が流れ、気候的にも温帯で、熱帯植物である稲の生育には決して恵まれた条件とはいえなかった。

    日本人は知恵と努力によってそれを克服して、世界的な稲作国家になったわけです。

    そういう意味では、劣悪な条件が日本人を鍛えたともいえます。
     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

    ■3.急峻な地形を水田に変えた「灌漑田」

     不向きな条件を克服した日本人の知恵と努力の様を具体的に見てみよう。

     まず必要なのは、急峻な地形を水田に変える事である。

    棚田を想像すれば、その大変さがよく想像できる。

    傾斜地を、ある部分は削り、ある部分は土を盛って、水平にしなければならない。

    一定の高さごとに区切って、何段もそれを作る。

     そして、近くの川から水路を作り、田に水が流れ込むようにする。

    田は何段もあるから、上の田から下の田へと水が流れるようにする。

    当然、一枚の田は水平に作らなければならないし、水量をコントロールするためには、水路の大きさや傾斜を適正に設計しなければならない。

    こうして人工的に水を引く田を「灌漑田」という。

     灌漑田を作るためには、精密な土地測量技術、土手や畦を作る土木技術などが必要である。

    また人々が力を合わせて田を造成していくために、共同体の運営技術も発展させなければならない。

     逆に天水田が行われているメコン河のような大きな河川の流域では、ひとたび豪雨があると大規模な洪水が起こって、あたりを呑み込んでしまう。

    灌漑などの人間の努力は消し飛んでしまうわけで、こういう面からも水のコントロールなどはせずに、天然自然のままに稲の自生を待つ、という形にならざるを得ない。

     こうして考えると天然の沼地やデルタ地帯に種をばらまいて、稲が育つまで待つという「天水田」と、人間が地形を改良してまで水をコントロールして作る「灌漑田」とは、本質的に異なることが分かる。

    つづく

  • No.513 国際派日本人養成講座

    13/03/20 17:38:31

    >>488
    NO.790 コメが鍛えた日本人
    2013/03/17 06:56
     地形も気候も不向きな日本列島でコメを育てようとする知恵と努力が、勤勉、真面目、几帳面な日本人を育てた。
    ■転送歓迎■ H25.03.17 ■

    ■1.稲作に不向きな日本列島の地形

     日本列島は、そもそも稲作にはまったく不向きな土地であった。

    このことはもともと熱帯性植物であったコメが東南アジアで栽培されている様子と比較するとよく分かる。

     世界をまわって稲作の研究をしている農学博士・渡部忠世(わたべ・ただよ)京都大学名誉教授のチームが東南アジアで撮影したビデオがある。

    それにはこんな風景が映し出されている。
    __________

     広大な湿地帯か沼を思わせるデルタの深い水の中に、葦のような丈の長い食物が雑然と生い茂っている。

    人々は胸まで水につかりながら穂の先をちょん切るようにして刈り取っていたり、あるいは舟で水の上を滑りながら穂先を刈り取ったりしている。

    これが「天水田」

    つまり天然自然のままの水利条件に依存し、天然自然に稲が育つのを待って、できたものだけを刈り取るという素朴な稲作である。
     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

     これが稲作の原風景であった。

    東南アジアには、メコン川のような大河が広大な平野を流れており、その流域や海にそそぐデルタ地帯は、そのまま水をたたえた湿地帯になる。

    稲はそこで自生する。

     日本列島のように山が海岸まで迫っているような国土では、川は短くて、流れが急である。

    人間が知恵を絞り、地形を変えて水をコントロールしなければならなかった。

    ■2.稲作には不向きな自然条件

     気候条件から言っても、日本列島はコメ作りには適していなかった。

    稲は本来、熱帯、亜熱帯の植物である。

    苗は温度が8度以下になると生育が止まり、零下1度に下がると枯死してしまう。

     東南アジアのような気候温暖な地域にこそ適した作物であって、そもそも雪深い新潟とか、東北地方、北海道で栽培できるような作物ではなかったのである。

     コメが日本列島に入ってきたのは、最近の研究では縄文時代にさかのぼることが分かってきている。

    そして日本人は何千年もかけて、日本列島に不向きなコメを品種改良しつつ、世界で最もおいしいコメを作り上げてきた。

    渡辺名誉教授はこう結論づけている。

    つづく

  • No.512 ありがとう

    13/03/19 11:47:35

    >>511私、昭和天皇が大好きだから近い内に本屋さんで探してみます。

    国際派~は私も少しずつ読んでます。凄い量ですよね。

  • No.511 かなともたか

    13/03/19 10:42:23

    おすすめのブログ「国際派日本人養成講座」を閲覧しました。15年分の内容を一気に読むのは時間かかるので、とりあえずブックマーク。

    本屋で気になっていた「昭和天皇 古川隆久著」を購入し読んでみた。400ページ越えのボリューム。擁護論でも批判論でもなく、史料に基づいて書かれた歴史研究的な内容で、読みやすかった。昭和天皇が皇太子だった頃は新聞に「平民的でチャーミングな御方」と表現され、写真は絵葉書になって女学生が買っていた、ということも書かれていてなんか新鮮(驚)。興味ある方、良ければ読んでみて。

  • No.510 匿名

    13/03/18 18:20:43

    孔子学院補足>>498

    中国文化を宣伝する孔子学院、世界110カ国に410カ所
    3月18日[サーチナ]

    中国国際放送局によれば、このほど開催された「2013年度孔子学院奨学金プロジェクト活動会議」で、世界110の国と地域で410カ所の孔子学院が展開されており、74カ国の266組織が孔子学院の設立を申請していることが分かった。中国国際放送局が報じた。

    また、孔子学院本部は「世界孔子学院中国語デー」や新しいスタイルの中国語学習計画の実施などを準備しており、世界各国の優秀な青年たちが中国文化をより深く理解できるようサポートする。
    孔子学院は中国語や中国文化の教育および宣伝などを目的に、中国が海外の大学などの教育機関と提携して運営する公的機関だ。

  • No.509

    13/03/17 23:53:33

    まとめ【'13,3】
    §石原慎太郎さん§ >>457

    §津川雅彦さん§ >>401

    §麻生太郎さん§ >>361

    §安倍晋三さん§ >>331>>345>>346

    §櫻井よしこさん§ >>501

    §三宅久之さん§ >>456

    §三橋貴明さん§ >>365

    §中山なりあきさん§ >>423>>475

    §国際派日本人養成講座§ >>489

    §国益議員§ >>404

    §その他§ >>362

  • No.508 匿名

    13/03/17 20:45:44

    >>507つづき


    日本にも環境テロの足音がひたひたと忍び寄る。

    イルカ漁が行われている和歌山県太地町では、SSが漁の妨害を組織、外国人活動家らによる嫌がらせやストーカー行為の方法も卑劣さを増し、ALFやELFと裏でつながっている可能性のある活動家が来日していることが警察の調べでわかった。
    ネット上では、欧米の原理主義者らと同じ文句で宣伝活動を行う日本人活動家の存在も確認されている。

    環境テロの猛威は、漁業や医療の研究などに深刻な損害をもたらす。

    日本での環境テロの覚醒をいかに防ぐかが今後の課題になる。

    (モスクワ支局長・佐々木正明)

  • No.507 匿名

    13/03/17 20:43:04

    >>506つづき

    ◆「正義は法律の上に立つ」

    国際環境保護団体グリーンピースの初期メンバーでその後、団体を脱退して、1977年にSSを創設したワトソン容疑者こそが、この現象の中心人物である。
    2002年、FBIのジャルボー捜査官がエコテロ対策の法整備を審議する米議会で報告。

    「(SSが)商業的漁業を襲撃したとき、この地球上に『エコテロリズム』が出現した」と証言した。

    彼らの動機は、人類はどんなことがあっても自然環境に手を加えてはならない、食料や毛皮製品などのために決して動物を殺してはならないとする「環境原理主義」を基盤とする。
    原点は19世紀に動物愛護への熱が高まった英国にある。その後、動物も人間と同様に生きる権利を持ち、勝手に侵害してはならないとする哲学や、悪弊を断ち切るために法を破ってもよいとする思想と結びついて発展した。

    穏健派はスペインの闘牛や原発反対などを訴えてデモ活動を行うが、過激派は、電気や家畜による大量食料生産を生み出した文明世界を全否定し、人間社会に刃を向ける。

    ワトソン容疑者は、虚偽と誇張を織り交ぜた狡猾(こうかつ)な宣伝戦略で勢力を広げ、一方でエコテロリストたちを養成してきた。

    暴力行使を、こう正当化したことがある。

    「漁師たちを死ぬほどおびえさせなくてはいけない。なぜなら正義は法律の上に立つのだから」


    ◆米英では反エコテロ法制定

    ALFやELFなどの過激セクトが跋扈(ばっこ)し、先に猛威が吹き荒れた米国と英国は政府が反エコテロ法を整備し、取り締まりを強化。
    次々に中心人物を捕まえ、嵐は収まった。

    しかし、エコテロ現象は次の段階に入り、活動家らはまだ法整備されていない周辺国での行動を激化させた。欧州では、動物実験を行う製薬会社の従業員らが狙われ、事件が多発した。

    事態を重く見た欧州刑事警察機構(ユーロポール)が対策に乗り出している。ロシアの現状は、次第に過激化していく活動家らの行動パターンを物語る。

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