- 下話
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俺は目を細めて彼女の姿を見つめる。
「………ねえ、ゆり」
『ん?』
会いたいよ
そう言おうとした時、画面の中の彼女に駆け寄る子供の姿が映った。俺は一度開いた唇をきゅっと結ぶ。
「買い物…楽しんで。じゃあまた」
『うん、じゃあ…』
携帯を閉じてバッグにしまいながら、子供の手を取る彼女の姿がまだ映し出されている。俺は画面の中の彼女をそっと指でなぞる。ちらほらと雪が降りだしたようで、後ろの方に映る人達が手のひらを出して上を見上げる。彼女の髪にも雪が落ちる。
あの雪いいな………って、俺はあほか。
テレビ画面を指で触れている間にカメラはスタジオに戻された。そのタイミングで指がピクンと反応し、そのままぎゅっと拳を作った。
彼女は…いつもこんな気持ちでテレビを観ているんだろうか。それともテレビはテレビ、ただの娯楽として、ファンとしてかとりしんごを応援してくれているんだろうか。
またスマホが鳴る。メールだ。開いてみると色違いのド派手なアロハシャツを着た友人達がダブルピースで笑っている写真が添付されていた。
『今から帰りまーす(笑)マカデミアナッツ買っといてやったぞ』
「いっらねーよ(笑)」
思わずスマホをソファーに叩きつけ、俺は立ち上がった。バスルームでシャワーを浴び、髭を剃り、髪を整える。鏡を見ながら両手で頬をピシャリと叩き、気合いを入れる。
「うっし!!」
新しい年が始まる。出だしつまづいたけど今年はどんな年になるだろう。決まっている仕事やコンサートもあって忙しいのは間違いない。有り難い事だ。
ハワイに行けなかったのは本当に残念だ。でも代わりに彼女を見られたからまあいいか。画面越しだったけど。
いつか…彼女をハワイのお気に入りの場所に連れて行きたい。見せてあげたい景色がたくさんあるんだ。
…………もちろん、そんな事は絶対に無理だ。わかっている。わかっているんだ。
わかっているけど夢見るくらいならいいだろう。今は正月休み中なんだから。
俺は寝室に戻り、全快を目指してベッドに横になり、また目を閉じた。
おしまい- 0
14/01/11 00:53:48