オスプレイ(沖縄)どう思う? へのコメント(No.1046)

  • No.944 つづき

    13/03/14 15:03:41

    >>943
    ■3.「沖縄の土になる積もりだな」

     昭和20(1945)年1月20日、発令の同日、大田中将は水上機で司令部に着任した。3月末の米軍侵攻開始まであと2ヶ月ほどしかなかった。

     着任草々、大田中将は島内各地の陣地を車で視察して回った。

    海軍陸戦の第一人者で、しかも剣道の達人と名を馳せていたので、みな勇猛果敢な猛将タイプと想像していたが、会ってみると意外にも小柄で優しそうな丸顔、いかにも田舎の好々爺といった相貌だった。

     それでも第一線の将兵たちは、司令官に来てもらうだけで勇気づけられる。

    そうした機微を心得た視察であった。

     視察で車の運転を務めた堀川徳栄・一等機関兵曹(沖縄出身。後に沖縄トヨペット社長)は、大田中将が車中で参謀方と作戦会議をしていたと語る。
    __________

     聞くともなしに聞いていて、米軍の来襲を予想しておられること、沖縄の行く末を非常に気遣っておられる様子が分かり、そこまで考えていなかった私は、ギクッとしたものです。

     そのくせ、時には笑いながら、淡々と作戦の指揮や防備の指図などをしておられる。

    百戦錬磨とはこういう人を言うのかと、頭の下がる思いでした。

     馬天港(知念半島)からの帰りでしたか、運転する背中越しに、「堀川、お前は幸せ者だ」と言われた。

    何の事だか意味を解しかねていたら、「お前は故郷の土になるんだからな」とおっしゃった。

    その時、ああ、この人は死ぬ覚悟だな、沖縄の土になる積もりだな、と思い、胸が詰まって、返す言葉がありませんでした。

    つづく

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