A :まず、財産分与ですけど、ございませんでした。財産分与はなしです。
そして、今、私の自宅ですけれども、土地については私がその当時、現金で購入しております。
建物については、船越さんが5分の1、私が5分の4という所有権でございます。
今回の2回目の家裁で、私が船越さんの持ち分を好意で買い取らせていただくという形で決まりました。
Q :謝罪については?
A :謝罪という言葉は、この場に及ぶと、どう言ったらいいんでしょうか。
身近な人という感じがするんですけど、私にとって(船越は)別の世界の人、別の星の人というような気持ちなんです。
私とはまったく関係ない、真っ赤な赤の他人と思っていますので。
謝罪、そういうものは私の中で必要なくなりました。私の中で一番守らなければいけないものはただ一つでした。
No.8206 匿名
19/01/25 10:38:30
>>8205
◎ 松居一代さん 記者会見全文と会見の動画すべて
以下、松居一代さんの記者会見 - 全文と 会見の最初から最後までの全てです
松居一代 :
みなさま、おはようございます。まことに突然、そしてこんなに朝早いお時間から
私事でみなさんにご足労いただき、本当にありがとうございます。
実は、12月13日の第2回目の家裁で、調停委員の方々の前で 厳粛なお約束がいくつも交わされているんです。
その中の一つが、12月16日まで他言してはいけない。
一切、公にしてはいけない というお約束が 交わされておりました。
よってですね、私は、今どなたにもお電話をしていないんです。
両親、とてもとても心配しておりましたが、その両親にも電話をしていないんです。知らせていないんです。
ところがですね、昨日の朝、スポーツ新聞の一面で記事が載りまして、
また、お昼すぎにはホリプロ様の書面が皆様のもとに届いたかと存じます。
私は、ネットニュースを見ておりまして「 ウソだろ 」って思いました。
あれほど厳粛に お約束を調停委員の方々の前で取り交わしたわけです。腰が抜けるほどびっくりいたしました。
しかし、ここは仕方がないと思いまして、あまりの驚きにかなりの熱が昨日、出てきたんです。
でも、これは私が、ちゃんと皆様に正しいこと、そして私の口から
いろんなことをお話させていただきたいと思って、こちらのホテルにご無理を申し上げました。
そして、皆様にも突然ファックスをお送りしたんですが、なにぶんにもあまりにも突然でしたので、
準備ができずに、ブログで書かせていただいたという次第です。
だから、みなさんもこんなに朝早くご用意していただいたことを、大変感謝申し上げます。
みなさん、本当にお越しいただいてありがとうございます。
一昨日ですけれども、12月13日、第2回目の調停で、おかげさまで大変うれしく、喜ばしいことなんですけど、離婚が成立しました。
やりました!本当にやりました!( 会場から「 おめでとう!」の声 )
ありがとう!本当にありがとうございます。
実は、13日は勝負に出ました。「 よし!」と、12日の夜の11時まで 弁護士軍団の先生方と調整を行いました。
そして当日、13日には朝の3時から再度調整をして、私は一睡もしないで家裁に向かったんです。
そんな中でしたけど、何を着ていこうかと悩みましたが、もう赤しか思い浮かびませんでした。
赤しかないだろうと。戦いなんだと。
「 必ず勝負つけるぞ 」と思って、真っ赤な赤い服で、地下鉄を乗り継いで家裁に向かわせていただいたんです。そして見事に勝ち取りました。
本当に私の新しい未来の扉がグワーっと開きました。とっても嬉しいです。
その日は、もし調停で成立できなければ 家裁を不調に終わらせる覚悟でおりました。
財産分与という 大変大きな問題は生じますが、私の方から裁判に持ち込んで戦うという決意を、
私は、あの赤い服の中に隠して、家裁で戦ったわけです。
証人として裁判で立ってくださる方の準備もすべて整っておりました。
しかし、そのこともなく、おかげさまで13日、家裁の中で離婚を成立させることができたんです。
本当に嬉しいです。もう本当に嬉しいです。誰にも私は電話をしていないんです。
真っ先に私を見守ってくださっている家族のみなさんに「 離婚できたよ 」とお伝えしたいんですけど、お話したように調停委員の方々との厳粛なお約束で、それはできませんでした。
でも、真っ先に家族のみなさんに私の口からご報告しようと思っていたんですが、
急きょ、ホリプロさんのことでこのようなことをさせていただくことになりました。でも、今日はおめでたい発表でございます。
だから、私の体調は別にして、みなさんに本当にご無理を申し上げましたが、見守っていただきながらこうしてお話しできますことをとても感謝しております。
きっと神様が応援してくださったんだと思います。本当に、私を見守ってくださいましたみなさま、
本当にありがとうございました。本当にありがとうございました。勝ち取りました!
No.8207 匿名
19/01/25 10:47:03
>>8206
以下 記者らとの質疑応答
Q :松居さんの要求が通ったということですか?
A :とにかく、離婚はみなさんご存じかどうかわかりませんけど、財産分与というものがあります。
でも私は、それがあっても
今回の家裁が不調に終わったならば、裁判に持ち込む覚悟で13日は挑んだわけです。
それで証人の方達もずいぶん用意しておりました。
Q:船越さんからの謝罪を求めていたが
A :私のなかで何を一番守るべきか。何が一番大事なのか ということを考えましたなかで、それは答えは一つでした。
それを守るためには、どうすればいいんだろうということを 私の先生方と協議をしてまいりました。
その私の願い、夢がかなったわけです。
Q :どんな夢ですか? 財産ですか?
A :そうです。
Q :財産分与をしてほしいという話はありましたか。
A :お答えするのに制限がかけられているんです。でも私は夢が叶ったんです。
本当に夢が叶って、こうして年内に人生の大掃除をすることもできたわけです。
Q:もともとは松居さんは離婚をしたくなかったんですよね。
A :いえ。いろいろ報道されていますけれども、いま私がお話していることがすべて正しいというか、正しいことなんです。
だから、17年結婚をしておりました。一文字で表すならば、今年は「 戦 」でした。
もちろんです。去年は「 泣 」でした。おととしも「 泣 」でした。
私は、命を絶とうとも思いました。もう一生分の涙を流したぐらい立ち上がれませんでした。もう地獄に落ちたようでした。
しかし、立ち上がって戦うファイティングポーズをとったんです。
そして、この家裁に挑みまして、そしておかげさまで13日に決着がつきました。
それも、私の一番願っている形でした。
Q :もうちょっと言える範囲のなかで、財産分与があるのかないのか。
家の一部を松居さんが買い取るというのは本当なのか。
A :まず、財産分与ですけど、ございませんでした。財産分与はなしです。
そして、今、私の自宅ですけれども、土地については私がその当時、現金で購入しております。
建物については、船越さんが5分の1、私が5分の4という所有権でございます。
今回の2回目の家裁で、私が船越さんの持ち分を好意で買い取らせていただくという形で決まりました。
Q :謝罪については?
A :謝罪という言葉は、この場に及ぶと、どう言ったらいいんでしょうか。
身近な人という感じがするんですけど、私にとって(船越は)別の世界の人、別の星の人というような気持ちなんです。
私とはまったく関係ない、真っ赤な赤の他人と思っていますので。
謝罪、そういうものは私の中で必要なくなりました。私の中で一番守らなければいけないものはただ一つでした。
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古トピの為、これ以上コメントできません
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No.8208 匿名
19/01/25 10:55:06
>>8207
Q :それは何でしょうか。
A :おわかりになられませんか?「 財産分与 」です。
Q:船越さんへの気持ちは。
A:まったく何もありません。まったく私とは無関係な人、私とは関係のない方と。それでいっぱいです。
Q:結婚生活を過ごして、こういう形になりましたけど、かける言葉は。
A:かける言葉?何一つありません。大っ嫌いです。大っ嫌いな人にかける言葉はないでしょう。
私は大っ嫌いなんです。
Q:再婚のご予定は?
A:結婚には財産分与というものがつきまとっていきますので、
未来のことは決定はできませんけれども、まったく考えていません。
Q:13日の離婚調停で船越さんとはどんな話を?
A:大っ嫌いですから、お目にもかかっていません。
Q:船越さんが松居さんの要求をすべて飲み込んだんでしょうか。
A:ここで言えるところと言えないことがあります。いま、お話したことがすべてです。
Q:動画を投稿した時の自分をどう思いますか。
A:あれはあれで 私の大事な人生だったと思います。
あのときは私の人生、39年間の芸能生活をなげうって行動しましたので、あれはあれで私の大事な思い出です。
Q :後悔はしていないのですか?
A :必要だったと思います。
Q:いちばん大切なことは?
A:人間というのは、怒りというのは形が変わってきます。私は自分の未来しか向かっていないんです。
過去を振り返ってもいませんし、とにかくクヨクヨもしていません。
とにかく前に向かって、私の新しい人生を始めますよという気持ちですので、今はその気持ちでいっぱいです。
Q:約束を破られたとおっしゃってましたが。
A : 12月16日まで公開してはいけないということになっていた。今日が12月15日ですよね。
昨日、書面がホリプロさんから流れたのが12月14日でした。
これは厳粛な約束だったわけです。約束は守るために行われると。だから私は両親にも電話していないんです。どなたにも電話していません。
次の裁判にこちらから持ち込もうと思っていましたので、承認として立ってくださる方、数名の方、その方にも私は電話をしないで、
約束を交わしたわけですから 守って 今日まで来ましたけれども、
昨日、ホリプロさんの書面が出まして、ウチの先生方とご相談申し上げて、
ここは仕方がないだろうということで、皆様にお集まりいただいた次第です。