保守ですが何か? へのコメント(No.76

  • No.75 続き

    12/04/01 16:25:10

    >>74
     実はこれほど重大で、問題のある「発言」はないのです。

     「韓国の教科書が反日から客観的なものへと変わっていく矢先」

    ということは、つまり韓国の子どもを直接指導している歴史の先生から見ても、韓国の教科書、特に今、歴史教科書問題で抗議の声をあげている大人たちが学んだ教科書というものは客観的ではなく、反日だったと証言していることになるからです。

     ここで大切なのは、客観的と反日ということが対立語として置かれていることです。

    客観的とはもちろんニュースのようにできるだけ公平、的確で正しいということですが、反日とはどういうことですか?

    それは主観的に日本をおとしめるように(あるいはその対極として、韓国を必要以上に持ち上げるように)歪められた教科書という意味です。

    これは決して曲解でもなんでもなく、この言葉を素直に解釈すればそういうことになるはずです。
     しかも權氏は歴史の先生だから、つまり大学に入って歴史というものを、ある程度客観的に見ることができたからこそはじめてそれが分かったわけで、一般の人は、そんなことは分かりません。
    中学、高校で教えられた「事実」それも客観的ではなく、反日的な歴史歪曲をそのまま信じているということなのです。

    それは、韓国の教育者の目から見ても明らかだということを、あのニュースステーションの特集は皮肉にも語っているわけです。

     では、そういった「歴史歪曲」(もちろん韓国側の歴史歪曲ですよ、久米さん)には、どのようなものがあるか。
    これは韓国の歴史に詳しくないと、ある程度分からない部分もあるのですが、日本人にもはっきり分かる例を少し示しましょう。

    続く

  • No.76 続き

    12/04/01 16:36:26

    >>75
    儒教文化絶対がもたらす韓国の歴史歪曲

     例えば韓国の国定教科書(中学用)の文化伝播、古代史の部分に次のような記述があります。

     高句麗も、多くの文化を日本に伝えた。
    僧侶の慧慈(ヘジャ)は日本の聖徳太子の先生となり、曇微(タンジン)は紙、墨、硯をつくる技術を教え、法隆寺の金堂壁画も彼の作品だと言われている。
    日本の高松塚古墳壁画は、高句麗の影響を受けたものである。

     これは、97年版の国定教科書にしっかり書かれていた記事です。
    念のため、もう一度ルールの確認をしておきますが、私は自分の主張が有利になるように、事実を曲げるつもりは毛頭ありません。

     確かに、慧慈という高句麗僧が聖徳太子の家庭教師であったことは事実のようです。
    曇微が紙や硯を伝えたことも事実です。
    これは日本書紀に記述があります。
    しかし、法隆寺の金堂壁画を描いたというのはデタラメもいいところです。

    私もあまりに堂々と書かれてあるものですから、各方面、例えば美術史家とか法隆寺そのものにも確認しましたけれども、金堂壁画が曇微の作品であるということは、確証はおろか、伝承すら伝わっていないというのが現状です。

     いったいどうして韓国人はこんなことを主張するのか。

    もちろんあくまで公平にものを言えば、日本はかつて渡来人や帰化人の技術を多く取り入れましたから、法隆寺の金堂壁画が外国人、例えば朝鮮半島から来た人や中国から来た人、あるいはさらにシルクロードから来た人の手になっている可能性が無いとは言えません。

    しかし、高句麗人の曇微であるということは全く根拠の無いことであり、常識的に考えても、僧侶と画工とは違います。

    僧侶が手遊(すさ)び掛け軸ぐらいの大きさの絵を描くことはあります。

    また、屏風絵や襖絵を描くことぐらいはあるかもしれません。

    しかし、壁画となると、かなり専門的な技巧を必要とし、専門家でもない僧侶が描くなどということはあり得ません。
    もし曇微がそれをやったということに対して明確な証拠になるような史料でもあれば話は別ですが、少なくとも私の知る限り、そのようなものは一切ありません。

    これは明らかに事実とは言えないことであり、少なくとも教科書に書くべきようなことではないということは断言できます。

    では、どうしてそういうあやふやなことを教科書に堂々と書くのか。

    そういうことを書かしめる韓国人の真意はどこにあるのか。
    続く

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返信コメント

  • No.78 続き

    12/04/01 19:06:22

    >>76
     朝鮮半島というのは、ずっと儒教文化の国です。
    つまり、中国型文明の国ということですね。
    それはあくまで中国を規範とし、それ以外の文明はすべて(ここがいちばん肝心なのですが)野蛮であるとするという発想です。
    そして、この東アジアの儒教文化圏、中国文化圏の中で、朝鮮半島というのは明らかに最優等生でした。
    これは事実です。

    例えば日本は、科挙という制度がありませんでした。
    しかし、朝鮮半島はそれを採用し、常に国家の役人というものは科挙で選ばれていました。
    また、両班(ヤンパン)という支配階級は本来、外国語である中国語を自由自在に読みこなし、中国語の歴史書や文学書をまるで自分の国の古典のように扱っていました。
    ちなみに、近代以前、朝鮮半島の両班が歴史を学ぶと言えば、それは自国の韓国史を学ぶことではなくて、中国史を学ぶという意味だったのです。

    そういう儒教文化絶対の朝鮮半島から見ると、日本はどうしても「野蛮で遅れた国」となります。

     久米さん、たぶんあなたも日本人の一人として、日本には独自の文化があると言いたいと思うんですが、彼らはそれは認めないんです。

    儒教文化というのは、儒教文化が第一であるという意味ではありません。

    文化というのはそれしかないという意味なのです。

    だから、それ以外の文化はすべて、野蛮で遅れているから改良すべきものとなります。

    そういう考え方に立ってみると、日本に優れたものはあり得ない。
    日本にあるものは、それが良いものであればあるほど、すべて朝鮮半島人が教えてやったものの亜流であるという発想になります。

    そういう発想が、つまり「われわれの靴下をやつら日本人は頭にかぶって、烏帽子にしているんだ」という、そういう傲慢な思い込みとなり、その偏見からこういう教科書がつくられています。

    もちろんそれは歴史の真実と異なるものです。

    法隆寺の例は結局、「日本人が国宝なんだと言って誇りにしているあの寺の壁画は実は高句麗人が描いたんだ。あいつらにはそんな立派なものを作る能力は無いのさ」ということで、つまり、これこそ本当の歴史歪曲なのです。

    続く

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