保守ですが何か? へのコメント(No.75

  • No.74 ありがとうございます。

    12/04/01 16:21:50

    >>7
    ☆「SAPIO」2001.8.22/9.5合併号☆
    拝啓 久米宏様
    【韓国の教師も思わず認めた国定教科書の儒教的反日史観をご存じですか?】
    ☆作家 井沢元彦☆

    (前書き)
    前号で指摘したとおり7月6日の「ニュースステーション」の教科書問題特集は“市民団体”の声をもとに一方的に「つくる会」教科書を「悪」に仕立て上げるプロパガンダ的内容だった。
     だが、この特集の問題点は更にある。

    続く「日韓の絆」というパートでは韓国人の教諭と生徒の意見を前面に押し出し、殊更に日韓関係の危機を煽ったのだ。
    韓国の教科書で何を教えているのかという検証をすることなく、韓国側の日本に対する不平不満のみを放送する。
    この何処に客観的な視点があるのだろうか?

    (以下本文)
     相変わらずお暑いことです。
     さて、前回の7月6日のニュースステーションの歴史教科書特集への批判をもう少し続けます。

     私はあれを報道、つまりニュースとは見ていません。
    それよりも一種の政治的プロパガンダではないかということは、前回その根拠とともにお伝えしたとおりです。
    しかし、いかに作り手の意識がプロパガンダに偏っていても、真実というものはそうしたものの中からも抽出できるということは確かにあります。
    その実例をご覧にいれましょう。

     あの特集の中で「日韓の絆」というパートがありました。
    日本の歴史教科書の歪曲を韓国人が嘆いていて、日本人の一部がとんでもないことをしているという印象を視聴者に強く与える内容でしたが、その中で登場した「良心的」な先生、韓国大邱(テグ)市立校洞(キョドン)中權五鉉(クォンオヒョン)教諭は、日本の教科書に対して、「日本に関心と好感を持っていた韓国の青少年に悲そう感を与えた」と、日本の「つくる会」の教科書を厳しく批判していましたが、その前にこういう一節があったのを、久米さん、覚えていますか。

     「日本の教科書問題は、韓国の歴史教科書が反日から客観的なものに変わってきた矢先のことだったと權さんは指摘します」

     これは、画面では權教諭直接の発言ではなく、ナレーションとして処理されていましたが「と權さんは指摘した」とあるのですから、あくまでご本人の発言でしょう。
    ニュースステーションの記者が彼の主張を要約した結果、そういう形になったのだから、これはご本人の発言として捉えていいものだと思います(久米さん、その点は大丈夫ですね?)続く

  • No.75 続き

    12/04/01 16:25:10

    >>74
     実はこれほど重大で、問題のある「発言」はないのです。

     「韓国の教科書が反日から客観的なものへと変わっていく矢先」

    ということは、つまり韓国の子どもを直接指導している歴史の先生から見ても、韓国の教科書、特に今、歴史教科書問題で抗議の声をあげている大人たちが学んだ教科書というものは客観的ではなく、反日だったと証言していることになるからです。

     ここで大切なのは、客観的と反日ということが対立語として置かれていることです。

    客観的とはもちろんニュースのようにできるだけ公平、的確で正しいということですが、反日とはどういうことですか?

    それは主観的に日本をおとしめるように(あるいはその対極として、韓国を必要以上に持ち上げるように)歪められた教科書という意味です。

    これは決して曲解でもなんでもなく、この言葉を素直に解釈すればそういうことになるはずです。
     しかも權氏は歴史の先生だから、つまり大学に入って歴史というものを、ある程度客観的に見ることができたからこそはじめてそれが分かったわけで、一般の人は、そんなことは分かりません。
    中学、高校で教えられた「事実」それも客観的ではなく、反日的な歴史歪曲をそのまま信じているということなのです。

    それは、韓国の教育者の目から見ても明らかだということを、あのニュースステーションの特集は皮肉にも語っているわけです。

     では、そういった「歴史歪曲」(もちろん韓国側の歴史歪曲ですよ、久米さん)には、どのようなものがあるか。
    これは韓国の歴史に詳しくないと、ある程度分からない部分もあるのですが、日本人にもはっきり分かる例を少し示しましょう。

    続く

コメント

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返信コメント

  • No.76 続き

    12/04/01 16:36:26

    >>75
    儒教文化絶対がもたらす韓国の歴史歪曲

     例えば韓国の国定教科書(中学用)の文化伝播、古代史の部分に次のような記述があります。

     高句麗も、多くの文化を日本に伝えた。
    僧侶の慧慈(ヘジャ)は日本の聖徳太子の先生となり、曇微(タンジン)は紙、墨、硯をつくる技術を教え、法隆寺の金堂壁画も彼の作品だと言われている。
    日本の高松塚古墳壁画は、高句麗の影響を受けたものである。

     これは、97年版の国定教科書にしっかり書かれていた記事です。
    念のため、もう一度ルールの確認をしておきますが、私は自分の主張が有利になるように、事実を曲げるつもりは毛頭ありません。

     確かに、慧慈という高句麗僧が聖徳太子の家庭教師であったことは事実のようです。
    曇微が紙や硯を伝えたことも事実です。
    これは日本書紀に記述があります。
    しかし、法隆寺の金堂壁画を描いたというのはデタラメもいいところです。

    私もあまりに堂々と書かれてあるものですから、各方面、例えば美術史家とか法隆寺そのものにも確認しましたけれども、金堂壁画が曇微の作品であるということは、確証はおろか、伝承すら伝わっていないというのが現状です。

     いったいどうして韓国人はこんなことを主張するのか。

    もちろんあくまで公平にものを言えば、日本はかつて渡来人や帰化人の技術を多く取り入れましたから、法隆寺の金堂壁画が外国人、例えば朝鮮半島から来た人や中国から来た人、あるいはさらにシルクロードから来た人の手になっている可能性が無いとは言えません。

    しかし、高句麗人の曇微であるということは全く根拠の無いことであり、常識的に考えても、僧侶と画工とは違います。

    僧侶が手遊(すさ)び掛け軸ぐらいの大きさの絵を描くことはあります。

    また、屏風絵や襖絵を描くことぐらいはあるかもしれません。

    しかし、壁画となると、かなり専門的な技巧を必要とし、専門家でもない僧侶が描くなどということはあり得ません。
    もし曇微がそれをやったということに対して明確な証拠になるような史料でもあれば話は別ですが、少なくとも私の知る限り、そのようなものは一切ありません。

    これは明らかに事実とは言えないことであり、少なくとも教科書に書くべきようなことではないということは断言できます。

    では、どうしてそういうあやふやなことを教科書に堂々と書くのか。

    そういうことを書かしめる韓国人の真意はどこにあるのか。
    続く

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