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12/09/08 17:00:37
三宅久之オフィシャルブログ「三宅久之の小言幸兵衛」 なぜ「安倍」か(前編) 2012/09/08 16:00 私が日本を託す次期首相として「安倍晋三氏」を挙げたことに対して、多くの方々から「なぜ?」との質問をいただいた。 少し長くなるが経緯をご説明したい。 2007年8月、インドなど3カ国歴訪から帰国した安倍首相(当時)は、直ちに内閣改造を断行。 新たな安倍カラーを打ち出すべく臨時国会を召集、9月10日に所信表明演説を行った。 ところが野党がこれに対し代表質問を行う12日の衆院本会議の直前、安倍氏は突如として退陣を表明したのである。 私は安倍氏の外遊中から下痢が止まらず、体調がすぐれないとの情報は聞いていたが、内閣を投げ出すほどに悪化しているなら、帰国直後にも総辞職の機会は幾度もあったと思う。 それなのに所信表明までやり、野党質問の直前に辞めるということは、野党だけでなく国民に対しても非礼であると考え、メディアを通じて政治家の行動として「あるまじきこと」と非難したのである。 話は飛んで、2010年11月、私がレギュラーコメンテイターを務めていた大阪読売テレビの人気番組「たかじんのそこまで言って委員会」が、山口県俵山温泉で、新年用特別番組の収録を行った際、ゲストとして地元選出の安倍氏が出演していた。 安倍氏はやしきたかじん氏と裸になって大浴場で語り合い、「太ったじゃないですか」「特効薬のアサコールが認可になって、劇的に腸疾患が快癒しました。もう大丈夫です」と和やかだった。 しかし食事の席では、同席した金美齢、勝谷誠彦氏らから、これまた「辞め方」について痛烈な批判を浴びた。 これに対して安倍氏は誠実に当時の心境を吐露。 「総理のポストは重いもので、軽々に辞めてはいけないと思ったばかりに時機を失した。下痢は止まらず、食事はのどを通らず、肉体的限界に達したからだが、辞任の責任は重い」と痛切な表情で釈明。 これによって私は「辞め方」の懸念は、あらかた氷解したのであった。 (後編に続く、日曜日に投稿予定)
12/09/09 16:26:39
>>350 三宅久之オフィシャルブログ「三宅久之の小言幸兵衛」 なぜ「安倍」か(後編) 2012/09/09 13:00 私は月刊『WILL』(2011年7月号)に「今、日本をなんとかしたいという高い志を持った政治家は、安倍氏しかいないと思う。 政治評論家引退に当たり、最後の仕事として『安倍再生プロジェクト』を立ち上げたい」と書いた。 同じころ月刊『文藝春秋』『正論』など何誌かで、「日本の次期リーダーにふさわしいのは誰か」といった特集が組まれたが、多くの識者が安倍氏の名前を挙げていた。 そこで、それら志を同じくする人々と連絡をとり、代表発起人として同『プロジェクト』を発足させた。 安倍氏の出席を求めて見解を聞いたり、もっとメディアに出て意見を述べよ、地方を回って国民の声を直接聞け、など注文つける会合を、昨年から今年にかけて数回開いて、安倍氏の決意の固さを確かめたのである。 9月5日、私たち代表8人が安倍氏を訪ね、民間人有志による緊急声明を手渡し決起を求めたのも、この会に結集された30人に及ぶ同志の総意によるものである。 *緊急声明の全文と発起人有志の氏名は、私のフェイスブックに掲載したので、ご確認いただきたい。
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古トピの為、これ以上コメントできません
12/09/09 16:30:36
三宅久之の小言幸兵衛 >>254>>255>>256>>350>>363安倍氏への檄文>>339>>340
12/10/27 20:31:10
三宅久之の小言幸兵衛 >>254>>255>>256>>350>>363>>386 安倍氏への檄文 >>339>>340
12/11/18 17:12:54
三宅久之の小言幸兵衛 >>254>>255>>256>>350>>363>>386>>408>>414 安倍氏への檄文 >>339>>340
13/02/20 13:55:36
三宅久之の小言幸兵衛 >>254>>255>>256>>350>>363>>386>>408>>414 安倍氏への檄文 >>339>>340 三宅久之の小言幸兵衛 最終回 終の棲家>>437
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No.350 匿名
12/09/08 17:00:37
三宅久之オフィシャルブログ「三宅久之の小言幸兵衛」
なぜ「安倍」か(前編)
2012/09/08 16:00
私が日本を託す次期首相として「安倍晋三氏」を挙げたことに対して、多くの方々から「なぜ?」との質問をいただいた。
少し長くなるが経緯をご説明したい。
2007年8月、インドなど3カ国歴訪から帰国した安倍首相(当時)は、直ちに内閣改造を断行。
新たな安倍カラーを打ち出すべく臨時国会を召集、9月10日に所信表明演説を行った。
ところが野党がこれに対し代表質問を行う12日の衆院本会議の直前、安倍氏は突如として退陣を表明したのである。
私は安倍氏の外遊中から下痢が止まらず、体調がすぐれないとの情報は聞いていたが、内閣を投げ出すほどに悪化しているなら、帰国直後にも総辞職の機会は幾度もあったと思う。
それなのに所信表明までやり、野党質問の直前に辞めるということは、野党だけでなく国民に対しても非礼であると考え、メディアを通じて政治家の行動として「あるまじきこと」と非難したのである。
話は飛んで、2010年11月、私がレギュラーコメンテイターを務めていた大阪読売テレビの人気番組「たかじんのそこまで言って委員会」が、山口県俵山温泉で、新年用特別番組の収録を行った際、ゲストとして地元選出の安倍氏が出演していた。
安倍氏はやしきたかじん氏と裸になって大浴場で語り合い、「太ったじゃないですか」「特効薬のアサコールが認可になって、劇的に腸疾患が快癒しました。もう大丈夫です」と和やかだった。
しかし食事の席では、同席した金美齢、勝谷誠彦氏らから、これまた「辞め方」について痛烈な批判を浴びた。
これに対して安倍氏は誠実に当時の心境を吐露。
「総理のポストは重いもので、軽々に辞めてはいけないと思ったばかりに時機を失した。下痢は止まらず、食事はのどを通らず、肉体的限界に達したからだが、辞任の責任は重い」と痛切な表情で釈明。
これによって私は「辞め方」の懸念は、あらかた氷解したのであった。
(後編に続く、日曜日に投稿予定)
No.363 匿名
12/09/09 16:26:39
>>350
三宅久之オフィシャルブログ「三宅久之の小言幸兵衛」
なぜ「安倍」か(後編)
2012/09/09 13:00
私は月刊『WILL』(2011年7月号)に「今、日本をなんとかしたいという高い志を持った政治家は、安倍氏しかいないと思う。
政治評論家引退に当たり、最後の仕事として『安倍再生プロジェクト』を立ち上げたい」と書いた。
同じころ月刊『文藝春秋』『正論』など何誌かで、「日本の次期リーダーにふさわしいのは誰か」といった特集が組まれたが、多くの識者が安倍氏の名前を挙げていた。
そこで、それら志を同じくする人々と連絡をとり、代表発起人として同『プロジェクト』を発足させた。
安倍氏の出席を求めて見解を聞いたり、もっとメディアに出て意見を述べよ、地方を回って国民の声を直接聞け、など注文つける会合を、昨年から今年にかけて数回開いて、安倍氏の決意の固さを確かめたのである。
9月5日、私たち代表8人が安倍氏を訪ね、民間人有志による緊急声明を手渡し決起を求めたのも、この会に結集された30人に及ぶ同志の総意によるものである。
*緊急声明の全文と発起人有志の氏名は、私のフェイスブックに掲載したので、ご確認いただきたい。
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古トピの為、これ以上コメントできません
返信コメント
No.364 匿名
12/09/09 16:30:36
三宅久之の小言幸兵衛
>>254>>255>>256>>350>>363安倍氏への檄文>>339>>340
No.402 匿名
12/10/27 20:31:10
三宅久之の小言幸兵衛
>>254>>255>>256>>350>>363>>386
安倍氏への檄文 >>339>>340
No.422 匿名
12/11/18 17:12:54
三宅久之の小言幸兵衛
>>254>>255>>256>>350>>363>>386>>408>>414
安倍氏への檄文 >>339>>340
No.456 まとめ
13/02/20 13:55:36
三宅久之の小言幸兵衛
>>254>>255>>256>>350>>363>>386>>408>>414
安倍氏への檄文 >>339>>340
三宅久之の小言幸兵衛
最終回 終の棲家>>437