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優先席、妊婦とお年寄りならどちらが優先?
12/07/24 20:39:39
>>676つづき いま採択をめぐり対立が生じた育鵬社『新しい日本の歴史』も買って読んでみた。 日本の南部仏印進駐、米国の石油輸出禁止、そして「中国やインドシナからの日本軍の無条件即時撤退、蒋介石政権以外の中国政権の否認、三国同盟の事実上の破棄」という要求を日本に突き付けた11月26日のハル・ノートに言及し、「東条英機内閣は、これをアメリカ側の最後通告と受け止め、交渉を断念し、開戦を決断しました。 とある。 ○辣腕FDRの挑発に乗った。 興味深いのは育鵬社教科書には キッシンジャーの『外交』から「ルーズベルトは、日本がハル・ノートを受諾する可能性はないと知っていたにちがいない。 アメリカの参戦は、ルーズベルトという偉大で勇気のある指導者の並々ならぬ外交努力なしでは達成できない偉大な成果だった。 彼は、孤立主義的なアメリカ国民を大規模な戦争に導いた。 もし日本が米国を攻撃せず、東南アジアだけにその攻撃を集中していたならば、アメリカ国民を、何とか戦争に導かなければならないというルーズベルトの仕事は、もっと複雑困難になっていたであろうが、結局は彼が必要と考えた戦争を実現したのである。 と引用されていることだ。 実は日本の同盟国イタリアのチアノ外相も同じ見方をしていた。 日米開戦目前の12月3日のこと。 三国同盟の関連条項に照らし、日本の開戦に際してはイタリアも米国に対し宣戦布告するよう要請した日本大使との面会後、チアノは日記にこうコメントした。 この新事態は何を意味するか。 米国国民を直接この世界大戦に引き込むことのできなかったルーズベルトは、間接的な操作で、すなわち日本が米国を攻撃せざるを得ない事態に追い込むことによって、大戦参加に成功した。 そんな操作をやりとげたところがルーズベルト大統領の天晴れな辣腕(らつわん)で、そんな挑発にのったところが軍国日本の愚かしさだったと私は思う。 つづく
12/07/24 20:47:40
>>677つづき ○烙印恐れなかったグルー大使 では開戦責任は日米いずれにあるか。 ここで歴史の正義不正義を測る上でのタイム・スパンの問題が浮上する。 日の単位で測るとハワイを奇襲攻撃した日本に非があると世界の目に映った。 だが月の単位で測ると、ハル・ノートは明らかに不当な挑発だ。 しかし年の単位で測ると、満洲事変、日中戦争、仏印進駐に至る軍国日本の行動がすべて正しかったとはいえない。 ルーズベルトやハルとしては軍部が政府に服さぬ日本という国の行動を座視できなかったろう。 だが東京で日米交渉に当たったグルー駐日大使は当事者の苦衷も知っていた。 43年『滞日十年』を刊行し、日本側に身命を賭(と)して平和維持に努める者がいたことも米国読者に知らせようとして、 私はこれらの日本の友人諸氏を敬愛し、尊敬し、立派な人物であるという感嘆の念を惜しまなかった。 と再三書いている。 親日派の烙印(らくいん)を恐れずにそう書いた勇気に私は感服する。 グルーは戦後の日米の平和回復を視野に入れて、そんな回想録をあえて刊行したのだ。 (ここからが納得した意見) 歴史を学ぶには双方の見方に留意することが大切だ。 それで教科書問題についての平川提案はこうである。 見方の異なる教科書を二種類とも読ませ、生徒に相違点を拾わせ、どの記述が納得がいくか議論させる。 外交や歴史は両面を観察せねばならない。 高校入試には「日本が大東亜戦争と呼んだ戦争は米国で何と呼ばれたか」あるいは「太平洋戦争は戦争中の日本で何と呼ばれたか」といった常識的な問題を出すといいだろう。 ※自分で選べる。考えられる。友人たちと自由に議論できる。そういう教育なら納得できる。自虐史観だけを植え付けるのは止めて欲しい。
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上記すべてをご確認いただいた上で投稿してください。
No.677 匿名
12/07/24 20:39:39
>>676つづき
いま採択をめぐり対立が生じた育鵬社『新しい日本の歴史』も買って読んでみた。
日本の南部仏印進駐、米国の石油輸出禁止、そして「中国やインドシナからの日本軍の無条件即時撤退、蒋介石政権以外の中国政権の否認、三国同盟の事実上の破棄」という要求を日本に突き付けた11月26日のハル・ノートに言及し、「東条英機内閣は、これをアメリカ側の最後通告と受け止め、交渉を断念し、開戦を決断しました。
とある。
○辣腕FDRの挑発に乗った。
興味深いのは育鵬社教科書には
キッシンジャーの『外交』から「ルーズベルトは、日本がハル・ノートを受諾する可能性はないと知っていたにちがいない。
アメリカの参戦は、ルーズベルトという偉大で勇気のある指導者の並々ならぬ外交努力なしでは達成できない偉大な成果だった。
彼は、孤立主義的なアメリカ国民を大規模な戦争に導いた。
もし日本が米国を攻撃せず、東南アジアだけにその攻撃を集中していたならば、アメリカ国民を、何とか戦争に導かなければならないというルーズベルトの仕事は、もっと複雑困難になっていたであろうが、結局は彼が必要と考えた戦争を実現したのである。
と引用されていることだ。
実は日本の同盟国イタリアのチアノ外相も同じ見方をしていた。
日米開戦目前の12月3日のこと。
三国同盟の関連条項に照らし、日本の開戦に際してはイタリアも米国に対し宣戦布告するよう要請した日本大使との面会後、チアノは日記にこうコメントした。
この新事態は何を意味するか。
米国国民を直接この世界大戦に引き込むことのできなかったルーズベルトは、間接的な操作で、すなわち日本が米国を攻撃せざるを得ない事態に追い込むことによって、大戦参加に成功した。
そんな操作をやりとげたところがルーズベルト大統領の天晴れな辣腕(らつわん)で、そんな挑発にのったところが軍国日本の愚かしさだったと私は思う。
つづく
No.678 匿名
12/07/24 20:47:40
>>677つづき
○烙印恐れなかったグルー大使
では開戦責任は日米いずれにあるか。
ここで歴史の正義不正義を測る上でのタイム・スパンの問題が浮上する。
日の単位で測るとハワイを奇襲攻撃した日本に非があると世界の目に映った。
だが月の単位で測ると、ハル・ノートは明らかに不当な挑発だ。
しかし年の単位で測ると、満洲事変、日中戦争、仏印進駐に至る軍国日本の行動がすべて正しかったとはいえない。
ルーズベルトやハルとしては軍部が政府に服さぬ日本という国の行動を座視できなかったろう。
だが東京で日米交渉に当たったグルー駐日大使は当事者の苦衷も知っていた。
43年『滞日十年』を刊行し、日本側に身命を賭(と)して平和維持に努める者がいたことも米国読者に知らせようとして、
私はこれらの日本の友人諸氏を敬愛し、尊敬し、立派な人物であるという感嘆の念を惜しまなかった。
と再三書いている。
親日派の烙印(らくいん)を恐れずにそう書いた勇気に私は感服する。
グルーは戦後の日米の平和回復を視野に入れて、そんな回想録をあえて刊行したのだ。
(ここからが納得した意見)
歴史を学ぶには双方の見方に留意することが大切だ。
それで教科書問題についての平川提案はこうである。
見方の異なる教科書を二種類とも読ませ、生徒に相違点を拾わせ、どの記述が納得がいくか議論させる。
外交や歴史は両面を観察せねばならない。
高校入試には「日本が大東亜戦争と呼んだ戦争は米国で何と呼ばれたか」あるいは「太平洋戦争は戦争中の日本で何と呼ばれたか」といった常識的な問題を出すといいだろう。
※自分で選べる。考えられる。友人たちと自由に議論できる。そういう教育なら納得できる。自虐史観だけを植え付けるのは止めて欲しい。
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