• No.1 前田慶次

    21/02/05 21:30:38

    【以下、手記全文】
    この文章を読んでくださるすべての皆様へ

    「現在の心境について」

     2007年2月5日、私の息子 隆規が、北上川河川敷の舘坂橋付近で行方不明となって、今年ではや、丸14年を迎えようとしております。

     息子が家族に囲まれてすごした7年半余りを想起し、あれからはるかに長い歳月が流れたのだと考えるだけで、焦燥感と寂寥感に苛まれ、なんともやるせない気分に陥ってしまいます。

     かつて私が経験した肉親の永別とは異なり、この問題はいくら時間を経ても、いえ、年を重ねれば重ねるほど、悲しみと苦しみが降り積もってゆくような、そんな心地さえするのです。

     お腹を痛めて産んだ我が子が、消息を絶つという事態に際して、あきらめることや忘れることなどできようはずもなく、ただただ、隆規の生還を待ち続ける以外、何もしてやれないのが無念でなりません。

     しかしながら、ふだん、私たち家族は、そういった心情を吐露するのを、極力避けて参りました。
     円滑な市民生活をいとなむには、心の健康を保たねばならず、みずからの胸裏を韜晦させる必要性を痛感しているからです。

     正直に申しますと、私は、日頃、家庭内であれ、隆規の名前を口にのぼせることにすら、強いためらいを覚えます。
     たとえ、あの子に関する楽しいエピソードを話すにせよ、最終的には目をそむけられない疑問に突き当たってしまうと、わかりすぎるぐらいわかっていますので。
    ――今、隆規は、どこにいる? 隆規は、いったいどうなった?――

     おそらく、家族も同様の感情をいだいているのではないでしょうか。
     隆規の不在によって、私たちは思い出を語り合うのに、話題をより分けないといけないような状態に
    なってしまった気がします。
     大切な家族を、これ以上、傷つけないために。

     日々の暮らしを送る上では、隆規の問題を、あえて心の奥底にひそませているのですが、2月5日が近づくたび、鮮明に思い起こされることがあります。
     それは、2007年の2月4日。
     そう、隆規が失踪する前日の話です。
     真冬の時期には珍しく、妙に生暖かい雨の日曜日でした。
     外出から帰って、おやつにアメリカンドッグを作ってあげると、隆規は大喜びでぺろりとたいらげ、おかわりをせがみました。
     お皿を差し出して、はち切れんばかりの笑顔で。
    「おかわり!」
     元気に叫ぶ息子の頬が、ダイニングキッチンの照明に映え、輝いて見えた光景がくっきりとよみがえり、まぶたに焼き付いて離れません。
     そして、翌日のことなどみじんも予感もさせない無邪気な声が、とめどなく私の鼓膜を打つのです。

     現在の隆規は、21歳。6月の誕生日がくれば、22歳になります。
     成長した彼がどんな姿なのか、私にはうまく想像できませんが、きっと無事に帰ってきてくれると、固く信じています。

     拙文をご覧いただいた皆様方に、ひとつお願いがございます。
     今では青年になっているであろう、滝村 隆規という人間が、行方不明となり、ここに至るまで、家族のもとへ戻っていないという事実を、記憶の片隅にとどめておいてくださいませんでしょうか。
     この件を風化させないことが、解決への糸口につながるのではないかと考えているからです。

     例年であれば、デイサービスを委託したNPO法人 六等星さんに、情報提供を呼び掛ける広報活動をお願いし、数年前からは、私もお手伝いしていたのですが、今年は、新型コロナウイルス拡大の影響を受けて、盛岡駅前でのチラシ配りは差し控え、このような形で、心境を綴らせていただくことにしました。

     末文ではありますが、コロナ禍の中、さまざまな形で被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。
     一刻も早く、おだやかな日常が戻るようお祈りしております。

    2021年2月5日
    滝村 規枝代

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