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習い事は友達がいる所のほうがいい?
16/07/01 01:34:48
愛知・村瀬翔ちゃん殺害事件 【事件概要】 2002年7月28日、愛知県豊川市のゲームセンター駐車場で、車内で寝かされていた村瀬翔ちゃん(1歳10ヶ月)が行方不明となり、午前5時頃に4kmほど離れた三河湾に死体となって浮いているのが発見された。 2003年4月、トラック運転手K(当時36歳)が犯行を自供、逮捕された。 2006年に名古屋地裁で無罪が言い渡されたが、後に逆転有罪判決。 ―――――――― 【あの夜】 2002年7月27日午後10時頃、愛知県豊川市の無職・村瀬純さん(当時26歳)は、夏祭りの後、同市白鳥町のゲームセンターで友人と遊び、午前0時ごろになって一緒に来ていた長男・翔ちゃん(1歳10ヶ月)が眠たそうにしているのに気づいて、駐車場に停めてあったワンボックスカーで寝かした。 念の為、冷房をつけるために、エンジンはかけっぱなしにしていた。 午前1時20分頃、駐車場に戻ってきた純さんは、助手席の窓が開いており、車内に翔ちゃんの姿が見えないことに気づいた。 まだ1歳。 自力でドアを開けたり、出て歩いたりすることは、とても出来ない。 このため、何者かが車内の翔ちゃんを連れ去ったものと見られた。 午前5時30分頃、ゲームセンターから約4km離れた御津町の三河湾佐脇浜で、翔ちゃんの遺体が浮いているのを、カニを取りに来た人が見つけた。 捜査は難航していたが、やがてトラック運転手K(当時36歳)が浮上。 村瀬さん一家とは面識のないKが浮上したのは、現場の駐車場に停められていた彼の軽自動車のナンバーが控えられていたからだった。 Kは、そんな時間に、駐車場で1人何をしていたのか。 当初、Kは「友人とコンサートに行く予定だった」と話していたが、これは嘘だった。 Kは妻、義母、子ども2人の5人家族で、義母方で暮らしていた。 しかし妻との仲が険悪になり、事件までの3年の間は仕事から帰宅して子どもを風呂に入れた後、家を追い出される生活を送るようになった。 Kはわずか1000円ほどのお小遣いをもらって、車中泊をして時間をつぶしており、事件現場であるゲームセンター駐車場も普段からよく利用していた場所だった。 Kが繰り返す嘘は、警察の疑いをさらに強める結果となり、以後マークされた。 さらにKが音羽町の業者に車を売っていたことも判明し、これは証拠隠滅をはかったものと見られた。
16/07/01 01:43:18
>>2 続き 03年4月、Kは豊川署に連行され、翌日に犯行を自供、逮捕された。 2003年7月の初公判、Kは供述を一転させる。 「一切やっていません」「自白させられました」と無罪を主張し始めた。 【供述調書】 まずKは当日午後8時30分に現場の駐車場にやって来て、睡眠をとった。 午後9時30分頃、村瀬さんの車が、Kの車の斜め前に駐車した。 午前0時頃、村瀬さんが翔ちゃんを車内で寝かす。 Kは赤ちゃん(翔ちゃん)の泣き声で、目をさました。 この時、現場には 3人組の若い女性が村瀬さんの車をのぞいて、翔ちゃんをあやしていた。 場内には他にもバイクのグループなどもいたという。 午前1時10分頃、Kは次第に赤ちゃんの鳴き声にいらだちはじめ、車内の翔ちゃんを抱いて車で連れ去った。 Kは駐車場を出るとき、場内に1人でいた女性を目撃していた。 (後に警察がこの女性に尋ねたところ、出会い系サイトの待ち合わせの女性であり、不審な男・車両については「覚えていない」と答えた) Kは翔ちゃんを連れ去った後、「始末に困った」と思い、そのまま4km離れた御津町佐脇浜へ向かった。 そして午前1時40分頃、生きたまま海に投げ捨てた。 Kは再びゲームセンターの駐車場に戻って睡眠をとったが、この時場内に来ていた署員にナンバーを控えられている。 翔ちゃんはその4時間後に400m離れたところで発見された。 【冤罪の影】 この事件で、Kが犯行を行なったとする物証や目撃者はなく、あくまで自白のみである。 事件後にKが売ったとされる車からは、翔ちゃんの指紋や、衣服の繊維は検出されなかった。 また事件当夜のことについて、翔ちゃんのいた車の斜め前ではなく、約60m離れたゲームセンターに隣接する「ユニクロ」前に車を止め、朝まで寝ていたと話した。 そしてその供述内容も信憑性が揺らいできた。 ある時、「赤ちゃんを抱いてみろ」と言われ、たまたま左手でお尻を支える抱き方となった、「それは左利きの抱き方だ」と言われ、調書では左利きとなった。 しかし、実際は右利きである。 また殺害時の自白も「背中を押した」から「投げ落とした」に変わった。 当時、現場の海は干潮で、すぐ下の海面には岩場がでた。 翔ちゃんの体が岩場にぶつかると、体に何かしらの傷がつくが、遺体にはそうした傷はなかった。
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古トピの為、これ以上コメントできません
16/07/01 01:53:06
>>4 続き それを指摘されると自白が変わった。 この事件が起こった直後、まず父親・純さんが疑われた。 純さんは取り調べ官に「間違いなく、君が犯人だと言えるよ」と言われたという。 しかし、後にゲームセンターのビデオカメラに純さんの姿が映っていることがわかり、アリバイ成立となった。 純さんは事件後しばらくは、「Kを極刑にして欲しい」と話していたが、後に 「K以外の人物なのでは・・・?」と考えるようになった。 また自責の念にも苦しんだという。 Kが浮上してくるのはその後のことである。 Kは福井県の日本海沿いの街で生まれている。 父親は幼い頃からしつけに厳しく、Kは恐れを抱くようになった。 学校ではいじめを受けており、いつも1人でいた。 同級生に盗みの濡れ衣を着せられて、補導されたこともあったという。 父親や同僚によると、Kは嘘が多い人物であったらしい。 ただ、それは自分を強く見せようという性格の嘘ではなく、その場しのぎの、圧迫・苦痛をしのぐ嘘がほとんどだったようだ。 父親が白いコーヒーカップを指して、「このコーヒーカップ、黒いね」と強く言うと、「うん、黒いね」と答えるほどだったという。 つまり、「恐ろしい」と感じると、苦痛をしのぐために相手の言うままに答えることが多い。 それは逮捕後に行なわれた心理鑑定でも、次のような結果が出た。 1 自分でも判っている嘘→○ 2 思いつきで言う嘘→○ 3 自分を良く見せようとする嘘→× 自身の辛い体験から、こうした性質を持つようになったKが、取り調べ室で刑事に怒鳴られたり、椅子を蹴られたりするとどうなるのか。 やっていないことを「私がやりました」と答えるということは、大いに考えられることだった。
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ママスタコミュニティはみんなで利用する共有の掲示板型コミュニティです。みんなが気持ちよく利用できる場にするためにご利用前には利用ルール・禁止事項をご確認いただき、投稿時には以下内容をもう一度ご確認ください。
上記すべてをご確認いただいた上で投稿してください。
No.2 主 脱脂粉乳
16/07/01 01:34:48
愛知・村瀬翔ちゃん殺害事件
【事件概要】
2002年7月28日、愛知県豊川市のゲームセンター駐車場で、車内で寝かされていた村瀬翔ちゃん(1歳10ヶ月)が行方不明となり、午前5時頃に4kmほど離れた三河湾に死体となって浮いているのが発見された。
2003年4月、トラック運転手K(当時36歳)が犯行を自供、逮捕された。
2006年に名古屋地裁で無罪が言い渡されたが、後に逆転有罪判決。
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【あの夜】
2002年7月27日午後10時頃、愛知県豊川市の無職・村瀬純さん(当時26歳)は、夏祭りの後、同市白鳥町のゲームセンターで友人と遊び、午前0時ごろになって一緒に来ていた長男・翔ちゃん(1歳10ヶ月)が眠たそうにしているのに気づいて、駐車場に停めてあったワンボックスカーで寝かした。
念の為、冷房をつけるために、エンジンはかけっぱなしにしていた。
午前1時20分頃、駐車場に戻ってきた純さんは、助手席の窓が開いており、車内に翔ちゃんの姿が見えないことに気づいた。
まだ1歳。
自力でドアを開けたり、出て歩いたりすることは、とても出来ない。
このため、何者かが車内の翔ちゃんを連れ去ったものと見られた。
午前5時30分頃、ゲームセンターから約4km離れた御津町の三河湾佐脇浜で、翔ちゃんの遺体が浮いているのを、カニを取りに来た人が見つけた。
捜査は難航していたが、やがてトラック運転手K(当時36歳)が浮上。
村瀬さん一家とは面識のないKが浮上したのは、現場の駐車場に停められていた彼の軽自動車のナンバーが控えられていたからだった。
Kは、そんな時間に、駐車場で1人何をしていたのか。
当初、Kは「友人とコンサートに行く予定だった」と話していたが、これは嘘だった。
Kは妻、義母、子ども2人の5人家族で、義母方で暮らしていた。
しかし妻との仲が険悪になり、事件までの3年の間は仕事から帰宅して子どもを風呂に入れた後、家を追い出される生活を送るようになった。
Kはわずか1000円ほどのお小遣いをもらって、車中泊をして時間をつぶしており、事件現場であるゲームセンター駐車場も普段からよく利用していた場所だった。
Kが繰り返す嘘は、警察の疑いをさらに強める結果となり、以後マークされた。
さらにKが音羽町の業者に車を売っていたことも判明し、これは証拠隠滅をはかったものと見られた。
No.4 主 脱脂粉乳
16/07/01 01:43:18
>>2 続き
03年4月、Kは豊川署に連行され、翌日に犯行を自供、逮捕された。
2003年7月の初公判、Kは供述を一転させる。
「一切やっていません」「自白させられました」と無罪を主張し始めた。
【供述調書】
まずKは当日午後8時30分に現場の駐車場にやって来て、睡眠をとった。
午後9時30分頃、村瀬さんの車が、Kの車の斜め前に駐車した。
午前0時頃、村瀬さんが翔ちゃんを車内で寝かす。
Kは赤ちゃん(翔ちゃん)の泣き声で、目をさました。
この時、現場には
3人組の若い女性が村瀬さんの車をのぞいて、翔ちゃんをあやしていた。
場内には他にもバイクのグループなどもいたという。
午前1時10分頃、Kは次第に赤ちゃんの鳴き声にいらだちはじめ、車内の翔ちゃんを抱いて車で連れ去った。
Kは駐車場を出るとき、場内に1人でいた女性を目撃していた。
(後に警察がこの女性に尋ねたところ、出会い系サイトの待ち合わせの女性であり、不審な男・車両については「覚えていない」と答えた)
Kは翔ちゃんを連れ去った後、「始末に困った」と思い、そのまま4km離れた御津町佐脇浜へ向かった。
そして午前1時40分頃、生きたまま海に投げ捨てた。
Kは再びゲームセンターの駐車場に戻って睡眠をとったが、この時場内に来ていた署員にナンバーを控えられている。
翔ちゃんはその4時間後に400m離れたところで発見された。
【冤罪の影】
この事件で、Kが犯行を行なったとする物証や目撃者はなく、あくまで自白のみである。
事件後にKが売ったとされる車からは、翔ちゃんの指紋や、衣服の繊維は検出されなかった。
また事件当夜のことについて、翔ちゃんのいた車の斜め前ではなく、約60m離れたゲームセンターに隣接する「ユニクロ」前に車を止め、朝まで寝ていたと話した。
そしてその供述内容も信憑性が揺らいできた。
ある時、「赤ちゃんを抱いてみろ」と言われ、たまたま左手でお尻を支える抱き方となった、「それは左利きの抱き方だ」と言われ、調書では左利きとなった。
しかし、実際は右利きである。
また殺害時の自白も「背中を押した」から「投げ落とした」に変わった。
当時、現場の海は干潮で、すぐ下の海面には岩場がでた。
翔ちゃんの体が岩場にぶつかると、体に何かしらの傷がつくが、遺体にはそうした傷はなかった。
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No.5 主 脱脂粉乳
16/07/01 01:53:06
>>4 続き
それを指摘されると自白が変わった。
この事件が起こった直後、まず父親・純さんが疑われた。
純さんは取り調べ官に「間違いなく、君が犯人だと言えるよ」と言われたという。
しかし、後にゲームセンターのビデオカメラに純さんの姿が映っていることがわかり、アリバイ成立となった。
純さんは事件後しばらくは、「Kを極刑にして欲しい」と話していたが、後に
「K以外の人物なのでは・・・?」と考えるようになった。
また自責の念にも苦しんだという。
Kが浮上してくるのはその後のことである。
Kは福井県の日本海沿いの街で生まれている。
父親は幼い頃からしつけに厳しく、Kは恐れを抱くようになった。
学校ではいじめを受けており、いつも1人でいた。
同級生に盗みの濡れ衣を着せられて、補導されたこともあったという。
父親や同僚によると、Kは嘘が多い人物であったらしい。
ただ、それは自分を強く見せようという性格の嘘ではなく、その場しのぎの、圧迫・苦痛をしのぐ嘘がほとんどだったようだ。
父親が白いコーヒーカップを指して、「このコーヒーカップ、黒いね」と強く言うと、「うん、黒いね」と答えるほどだったという。
つまり、「恐ろしい」と感じると、苦痛をしのぐために相手の言うままに答えることが多い。
それは逮捕後に行なわれた心理鑑定でも、次のような結果が出た。
1 自分でも判っている嘘→○
2 思いつきで言う嘘→○
3 自分を良く見せようとする嘘→×
自身の辛い体験から、こうした性質を持つようになったKが、取り調べ室で刑事に怒鳴られたり、椅子を蹴られたりするとどうなるのか。
やっていないことを「私がやりました」と答えるということは、大いに考えられることだった。