• No.458 匿名

    16/02/05 13:49:19

    東京新聞(TOKYO Web)
    2016年2月5日 朝刊


     「犯人に言いたいことはただ一つだけです。遼太を返して」。上村さんが殺害された事件の裁判員裁判では四日、上村さんの父母が被害者参加制度で意見陳述し、わずか十三歳の息子が命を絶たれた無念さを吐露した。
     上村さんの母親は検察官の横に立ち、ハンカチを握り締め、泣きながら訴えた。
     語られたのは、上村さんが小学六年生まで過ごした島根県・西ノ島での思い出だった。
     「私が落ち込んでいたとき、遼太がバスケの練習をしているところを見て立ち直ることができた。『僕どうだった?』『あのパス見た?』と、私を喜ばせるために頑張ってくれた。いつでも自慢の息子でした」
     現在も島で暮らす父親も、島での上村さんとの生活を振り返った。
     「いつも遼太が釣りをしていた岩壁、真っ黒になって泳いだ海水浴場、玄関ではなく、リビングの窓から『お父さん』と言って入ってきた家。どこにいても遼太の姿を思い出します」
     母親は事件当夜、夕食後に一緒にパンを焼いて食べた後、深夜にパーカを取って出掛けようとする上村さんを止められなかったことを悔しそうに話す。
     「『こんな時間にどこ行くの』と言うと、振り返って何も言わなかった。それが最後になりました」
     母親は真相を知ろうと、少年審判や裁判に参加した。何度も切りつけ、まだ息のある息子を放置した少年たちの犯行を知った。上村さんが四十カ所以上傷つけられて置き去りにされた後、自力で約二十メートル移動して息絶えた可能性も明らかに。その様子を想像し、自らを責めた。
     「二月の寒い中、服を持ち去られても必死に家に帰ろうとし、『お母さん助けて』と言ったのかと思うと、遼太の絶望感を受け止めることができず、自分が生きていることも許せない」
     父親も暴行されたときの上村さんを想像して、涙をこらえるように話した。
     「遼太はとても気の小さい子でした。年上に囲まれて抵抗できるわけありません。我慢すれば許してもらえるかもしれないと思い、真冬の川で泳がされても、カッターナイフで切られても、生きるために我慢していたのでしょう」
     公判で少年は「上村君の命を背負っていきたい」と述べたが、父親は震える声で訴えた。
     「冗談じゃない。遼太の命はそんなにちっぽけなものではありません」
     傍聴席からは、何度もすすり泣く声が上がっていた。 

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