秋篠宮ご夫妻 結婚25周年 へのコメント(No.19

  • No.18 匿名

    15/06/29 11:01:22

    秋篠宮ご夫妻 「結婚25年にあたって」全文
    NHKニュース

    秋篠宮ご夫妻は結婚から25年の「銀婚」を迎えるにあたって、対談形式の文書で感想を表されました。
    その全文です。
    【長文】

    出会い

    秋篠宮さま
     今年は結婚をしてから25年が経つようです。
    時間は常に経過していますので、取り立てて25年に意味づけをするものではないと思いますが、少し振り返ってみるのも記憶と記録を整理する上でよい機会かもしれませんね。

    紀子さま
     はい。
    私たちの今までを整理する方法のひとつとして、対談の形もあるのではないかとのお話になりました。
    このような形に慣れておりませんが、どうぞよろしくお願いいたします。

    秋篠宮さま
     もっとも、結婚する前にしばらく付き合っていた時期があるので、そのあたりから始めましょうか。
    いつのことか覚えていますか?

    紀子さま
     30年位前になりますでしょうか。
    私が大学1年生の春、本を探しに大学内の書店に立ち寄りましたとき、初めてご挨拶をさせていただきました。

    秋篠宮さま
     私の記憶に間違いがなければ、1985年の5月のことです。
    ちょうどそのころ、各地の文化や自然を楽しむことを目的としたインター・カレッジのサークルを作ったので、そこに誘ったところ喜んで入ってくれました。
    白川郷の合掌集落などずいぶんあちらこちらに出かけましたね。

    紀子さま
     はい。
    いろいろなところを旅行して、地域の豊かな文化や多様な自然にふれることができました。

    秋篠宮さま
     そして1986年、ある集いがあった後、あなたを送っていく途中に・・・。

    紀子さま
     二人で信号を待っておりましたとき、突然、将来のことについてのお話があって、びっくりいたしました。
    大学卒業後は、海外の大学院に行くことを考えていましたので、どのようにお返事をしたらよろしいかと迷い、考えさせてくださいとお話しさせていただいて。《続く》

  • No.19 匿名

    15/06/29 11:09:24

    >>18 《続き》
    結婚にむけた準備

    秋篠宮さま
     少し時計の針を進めましょう。
    私が大学を卒業したのが1988年ですが、その年の夏から暫くの間英国に滞在しました。
    この間、昭和天皇のご不例と崩御があったことから、しばしば日本に帰ることになりました。
    日本にいる間は、諸行事に参列するためだったのですが、そのおりに、将来のことについていろいろと話す機会にもなりました。
    そして、1989年の9月に公表するに至りました。
    これはいわゆる結納に当たる正式な婚約ではなく、皇室会議の議を経て婚約が内定したということを発表する機会でした。
    服喪中のこうした発表は異例なことと思った人がいたようですが、1951年7月の順宮(現池田厚子)様の発表は貞明皇后の崩御から約2ヶ月後で、しかも当時参考としていた旧皇室服喪令によると、私たちの発表時期より一段階重い服喪期間中でしたので、手続きを終えたという発表は前例にもあり問題ないと宮内庁は判断したわけです。
     そして、私たちの結婚の時期についてです。
    秩父宮両殿下のご婚儀が1928年9月末で、昭和天皇の即位の礼が同年の11月初旬。
    その間は2ヶ月もなく、大変だったことを両陛下が聞いていらしたそうです。
    そのようなことから、私たちのときには、結婚から同じ年の11月予定の即位の礼までにある程度の時間があったほうがよいとのことで、私が帰国した直後に式がおこなわれることになりました。

    紀子さま
     とてもありがたい思し召しを賜り、感謝申し上げております。

    秋篠宮さま
     話が少し前後しますが、昭和天皇の一周年の行事が終わり、私は1990年の1月から6月にかけては英国に滞在していたわけですが、その間、新たに住む家については、あなたに任せきりでした。もっとも、改築の平面図を見てもイメージすることができない私より、多少は空間認知に優れているあなたが見る方がよかったのは明らかでしたが。

     今のは自分にとって都合のよい言い訳なのですが、実際のところ帰国したのが6月21日で、6月29日の結婚式までは約1週間しかなかったことを考えれば、新居での生活の準備は完全にあなたへ依存していたわけで、このことについては申し訳なかったとしか言いようがありません。

コメント

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返信コメント

  • No.20 匿名

    15/06/29 11:17:37

    >>19 《続き》
    紀子さま
     いいえ。
    むしろ、英国よりのご帰国を待っていたのかのように、式までの約1週間、宮中行事の習礼をはじめ、関係者とのこまかい打ち合わせが多くおこなわれましたが、時差がある中、大変ではありませんでしたか。

    秋篠宮さま
     幸いなことに、私は一般的に言われていることとは逆で、若いころは東へ向かうほうが時差の影響が少なかったため、それで大変ということはなかったと思います。

    紀子さま
     新しい生活にむけての準備や支度は初めてのことばかりで、新居について、相談をしたいと思いましても、当時は連絡手段としてメールはまだ普及していなくて、電話やファクシミリで、英国との時差もあり、すぐには連絡がとれない状況でした。
    式までに考えるべきこと、決めるべきことがたくさんあり、大学院の講義も受けていましたので、時間が経つのが早く、準備を終えられるか心配でした。

     そのような中、宮内庁の職員が、改築や内装をはじめ、よく考え、提案してくれました。
    そばにいらしてくださったら、どんなに心強いかしら、と思うことはありましたが、いろいろな人の助けを借り、用意をある程度進めることができました。

     帰国されたときは、本当にうれしく、それまでの不安もどこかにいってしまうくらいでした。

    結婚の日と新居

    秋篠宮さま
     さて、1990年6月29日の結婚の日は、結婚の儀にはじまり朝見の儀、その他の諸行事が朝からたくさんあり、夜の10時頃でしょうか、一息ついたときにようやく結婚したことを実感した記憶があります。
    もっとも、その翌日からもいろいろと行事があったので、何となく慌ただしかったですけれどね。

    紀子さま
     はい。
    このよき日の行事を滞りなく終えたときは、安堵いたしました。

     大学院生としての日々から、公的な仕事をする生活となったことは、大きな変化でした。
    そうした中で、折にふれて、両陛下が導いてくださり、あたたかくお見守りくださいました。
    各宮妃殿下方にも、行事の所作や服装などを丁寧に教えていただきました。
    さまざまな形で多くの人から支えられましたことを、ありがたく思っております。《続く》

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