急上昇
お弁当母さん
68才で母は認知症になり後半は歩くのもやっとで結局コロナで78才で亡くなりました
気丈で料理上手、やつれた母の死に顔を今も忘れることはできません
最後は嚥下機能も駄目になり娘の私の顔見ても無反で応悲しかったです
亡くなって一年にもなるのに同じ経験のある方どうやって乗り越えましたか?
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*コメント欄のパトロールでYahoo!ニュースのAIを使用しています
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No.1 ティッシュ持った?
26/02/07 12:51:40
私は10年前に母が67の時に突然死で亡くしました。
10年経っても母の死は悲しいしなんだがいつまでもあの時の感情が離れません。
主さんのお母様は認知症になられたんですね。
主さん大変だったよね。
お母様は主さんに感謝していると思います。
私は自分では乗り越えているとは思っているけど、
母に何もしてあげれなかった後悔がずっとあります。
これはずっと心残りになってしまうかもしれません😢
返信
No.2 なんか食べれるものある?(看病時)
26/02/07 13:28:20
お母様68歳から認知症になりながらも78歳まで主さんと過ごせたことお幸せだったことかと
娘にとっていくつになっても母の存在は大きく、その深い愛情にどれだけ包まれてきたか
40代でも娘は娘、母は母だったと思い知らされます
手の温もり、かけてくれた言葉、思いやりや優しい眼差し
私は9月に母が急逝、人生で一番の苦しみと悲しみとも思える苦悩でした。
何を見ても母に重なってしまい、涙が何度もこみ上げ、嗚咽してしまったり
街に出て母と同じ頃の婦人を見かけるだけでも苦しくて
感情に靄・・・雲がかかったような状態が続いていました。
ただ私も子どもたちの母として、このままではいけないと小さな感動を口にして
脳を誤魔化すようにしてきました。
心の回復には、特にお休みしていた運動を再開したところ
「呼吸さえきちんとできてなかった」と気づき、呼吸を深く意識し、汗を流し瞑想するように自分の内側を意識する時間を週に何度かもつようにしてきました。
また身内を亡くした方の著書も読むようにしてどのようにしてこのような苦しみに向き合ってこられたかを学んだりもしました。
毎日泣いていた日から、週に何度か、週に1度、月に何度かと涙する日も減り
今は毎日母に手を合わせ、母の写真に「おやよう」「いってくるね」「ただいま」と声かけしています。
まだ母とのLINEのやり取りや動画を見返すほど心が追い付いてはいませんが
少しずつ向き合っています。
主さんもどうか、心癒える日がきますように
お互いに心のリハビリ頑張りましょう
お母様もきっと応援してくれていると信じて
返信
No.3 主 お弁当母さん
26/02/07 13:47:19
優しく丁寧なコメントありがとうございます。
これからも母との思い出を大切に頑張って生きていこうと思いす。少し時間はかかりますが
返信
No.4 冷蔵庫開けっ放し!
26/02/07 14:29:03
亡くなった方との別れはどうすることも出来ないかな〜時間が解決してくれるって言われたけど、乗り越える時間は人それぞれだからね
実親を2人20代で早くに亡くして…目の前に1歳の我が子がいて悲しんでる暇なく過ごしてたから今思えば良かったのかな?
だけど、3年前にとても親しい方(同じ職場の先輩)が急死した時、親を亡くした時と違い子育ても終わり何かに追われる程忙しいわけでもない状況だったから、酷く落ち込んださ
物凄く面倒見のいい方で、亡くなる数時間前まで一緒に現場回ったり、たわいのない会話してたから余計こんなにも辛く心が苦しくてどう乗り越えたらいいのか悲しむ毎日だった
結構周りにドン引きされる程、亡くなった方思い出しては涙する感じでいたから3回忌前に自分ともう1人共通に親しくしていた方から論されて、悲しむのも3回忌までにしよう。楽しかった時を笑って思い出そう!てね
それをきっかけ?区切りとして少しずつ気持ち切り替える様にしていったかな
ふと思い出しては、いないことを今も寂しくて悲しんでしまうけどね
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No.5 お願いだから一人ずつ喋って
26/02/07 17:06:30
私の母も昨年4月に旅立ちました。
5年前にくも膜下で倒れ、その時は一命をとりとめ歩く事が少し不自由になったため杖をつきながらもデーサービスに楽しく通いながら父と普通の日常を過ごしていました。
亡くなる1年位前から食が細くなり体重も減り眠る事が多くなりつつ買い物やデーには通っていたのに、突然その日はやってきました。「コーヒー淹れて」と言う言葉を最後に苦しみもなく突然、父がキッチンからコーヒー淹れた旨を伝えに行った時には眠るように
意識がなくなっていました。
突然の事で現実を受け入れられず涙も出ず、葬儀準備や色々な手続きをその時は何故か妙にしっかりとして淡々と務めました。
だけどひと段落してからの悲しみは本当に辛く、昨年4月からどうやって生きてきたか記憶がないくらい毎日呆然とし毎日泣いていました。社会的には気丈にしてたけど、一人になると買い物途中、街から聴こえる思い出の音楽に涙を流してしまい慌てて物陰に隠れて泣く、家では入浴中寝る前は毎日ずっとずっと泣きました。あと2ヶ月で1年になるけど
ようやく落ち着いて毎日母の写真に語りかけられるようになりました。時ぐすりというのは本当なんだなぁと思いました。
あなたのお気持ちが痛い程伝わってきます。わかります本当に。辛いですよね本当に。
無理に元気になろうと自分の気持ちをごまかさないで、泣きたい時は泣く気の済むまで泣いてくださいね。と言いつつ私もまだフラッシュバックみたいにあの時の光景を思い出しては苦しい時もありますが、お互いに大好きなお母さんのために元気に生きましょうね。お母さんがよしよしと褒めて笑ってくれるように生きていきましょうね。
がんばれー!!
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