• No.46 玉石

    25/09/28 12:59:44

    ――畳の間に渦巻く喧騒は、ほとんど闘技場のそれであった。
    義兄の子どもたち四人は、裸身に近い無邪気さで駆け、叫び、奪い合い、笑う。大人たちはその混沌を愉悦として見下ろし、口元に歪んだ笑みを浮かべる。秩序も抑制もない。ただ力と騒音が支配する小宇宙。

    わたしの子は、零歳と二歳。母の膝に怯えたようにしがみつき、黒い瞳に嵐を映すのみであった。そのおとなしい姿を、親族たちは「神経質の産物」と嗤う。匙を持参すれば潔癖の証と嘲られ、未知の食材を拒めば母性の過剰と笑われる。

    義兄夫婦は四人を育て、なお五人目を孕ませている。彼らにとって子は、もはや兵士の群れに等しい。数こそが力であり、強さの標章であるかのようだ。その視線の前で、わたしの二人はか細い存在にすぎぬ。
    「二人しか育てていないからね」
    その言葉は刃物のようにわたしの胸を切り裂き、鮮血のような羞恥と憤怒を滲ませる。

    しかし、わたしは思う。静けさもまた一つの力であると。意地悪に声を荒げず、暴力に暴力をもって報いぬ子の姿は、むしろ人間としての尊厳の萌芽であろう。だが義実家の空気はそれを「弱さ」と断じる。力なき徳は侮られ、静謐は臆病と見なされる。

    ――わたしは知っている。
    この戦場のような座敷において、わたしと我が子らは孤立無援の砦であることを。
    だが、砦は砦としての誇りを持つ。孤独の冷たさを抱きしめながら、わたしは膝に寄り添う小さな命の温もりに、烈しいまでの正義を感じていた。

    血潮のような夕陽が障子を染める頃、わたしの心は決意の鋼を孕んでいた。
    ――この静かな二人を、必ず守り抜く。騒乱と嘲笑の只中にあってなお、わたしは一人の戦士であるのだ。

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