• No.236 咲良うた

    25/09/14 16:36:19

    ☆第26週(最終週)「愛と勇気だけが友達さ」ネタバレ
    昭和51年(1976年)
    ミュージカル「怪傑アンパンマン」が盛況のうちに終わる
    公演中に撮影したのぶの写真をみて登美子が驚く
    のぶ、羽多子、登美子で旅行に行くことに。出発前日に柳井家に泊まりに来た登美子は嵩と布団を並べ寝ていた
    旅行から帰って来たのぶは写真屋で店主に声を掛けられた
    のぶから嬉しい話を聞いた嵩はアンパンマンに足りないものに気がついた
    それは「悪役」だった
    アンパンマンの悪役キャラクターとしてバイキンをモチーフにした「バイキンマン」を生み出した
    2年後、バイキンマンは子供たちの人気キャラクターに!
    これを機に嵩はキャラクター作りの才能を発揮して次々にアンパンマンのキャラクターを増やしていった

    昭和60年(1985年)
    のぶと嵩のところに武山恵三(前原滉)というテレビプロデューサーがやってきた
    武山はアンパンマンのアニメ化を希望していた
    だが、嵩はアニメ化に反対した
    以前にもアニメ化の話があったのだが、テレビ局側が内容の改変を求められたことがあったのだ
    それでもアニメ化をあきらめない武山に賛同したのぶはアニメ化を嵩にすすめる
    武山の熱意とのぶの言葉で嵩はテレビアニメ化を承諾した
    アニメ「アンパンマン」の主題歌の作詞を嵩は依頼された
    嵩はアンパンマンにある想いを込めて作詞をした

    昭和63年(1988年)
    10月3日午後5時からテレビアニメ「アンパンマン」が放送開始
    予想を上回る視聴率となった
    これでアンパンマンと「やないたかし」の名前は日本中に知れ渡りました。

    のぶの病気が発覚。手術は成功したが余命数ヶ月と宣告を受けた
    その後、退院したのぶは嵩に「自分がいなくても大丈夫か?」と尋ね、「今年の桜は見られないかもしれない」とつぶやく。
    「そんなことない」と打ち消すように話す嵩はたまらずのぶを抱き寄せる

    やがて日本中の子どもたちのヒーローになったアンパンマン。
    のぶは最高の笑顔で嵩に言う。「嵩は、うちのアンパンマンや」と…。

    おわり

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