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<黒歴史>娘の涙袋メイクをやめさせたい!
24/01/26 23:20:18
だからこの負のループから抜け出すには第一に、親が過剰に「役割」を演じていることに気づくことが大事です。 親という役割にしがみつくのをやめて一個の人間として自分と子どもの関係をとらえ直すということです。 「親である」「子どもである」という枠を外してみれば、そこには1人の大人(あなた)と1人の年少者がいるのみであり、それは人生経験上の差はあるにしても対等の人間同士であるはずです。 「自分は親である」というアイデンティティの下では見えてこなかった子どもの「真の姿」が新鮮な感覚で見えてきます。 親アイデンティティが強いときは、どうしても我が子は「こうあるべき」「こうしてくれなくては・・・」という思いに囚われています。 それは上から目線で子どもに特定の行為を強いる方法に他なりません。 その上下関係に基づく親子のあり方ではなく、いったん互いの立場(役割)をフラットにした上で愛情を込めた関心を向けてみればよいのです。 ここで大事なのは「愛ある関心」であって心配ではありません。「このままでは将来困るのでは」などと「心配」に名を借りて相手をコントロールすることではありません。 親は子どもの将来を心配する必要は全くありません。子どもの将来は子どものものであって「他者」が云々することではありません。 そんなことより子どもの「いま」に関心を向けて下さい。関心を向けるとは、イチイチうるさく干渉したりハラハラ心配することではありません。 子どもを完全に信頼し、子どもと一緒にいられる今この瞬間に感謝し愛をもって見守るということです。 子どもと共に過ごす時間は実はそれほど長くはありません。今この時間もあっという間に 過ぎ去ります。子どもは成長しすぐに親元を去って行くでしょう。 ならばこの貴重な時間を子どもと過ごす喜びに変えたほうがよいのではありませんか。 親としての威厳を保つためか子どもの前で本音を見せないあるいは弱音を吐かない人がいますが、賛成できません。 楽しいときは笑い悲しいときは泣き、腹が立ったら怒る。困ったときは悩む。その姿を子どもに見られてもいい。弱点をさらしてもよいのです。(というか子どもはとっくに見抜いている) そうすれば子どもも安心してこの関係の中でくつろぐことができます。 こうして親子が「いま」を大切に生きていけば逆説的に子どもも「将来を生き抜く力」を身につけることができるでしょう。 親が心がけるべきは、子どもの将来を案じ子どもに失敗しないよう取り計らうことではありません。失敗してもくじけない心をこそ養うべきであって、むしろ失敗を成長の糧にするようなたくましさを持つ人間にすることです。 子どももいつか失敗したり人生の壁にぶつかるでしょう。挫折も経験するでしょう。いっぱい傷つくこともあるでしょう。 それらの試練を乗り越える力の源泉は、今この瞬間の親子のあり方から発せられるのです。 それは親が役割という仮面を脱ぎ去って、ゆるぎない信頼と愛情に基づく本音の姿で子どもと向き合っている姿勢そのものによって育まれるものです。
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ママスタコミュニティはみんなで利用する共有の掲示板型コミュニティです。みんなが気持ちよく利用できる場にするためにご利用前には利用ルール・禁止事項をご確認いただき、投稿時には以下内容をもう一度ご確認ください。
上記すべてをご確認いただいた上で投稿してください。
No.3 主 わかめ鍋
24/01/26 23:20:18
だからこの負のループから抜け出すには第一に、親が過剰に「役割」を演じていることに気づくことが大事です。
親という役割にしがみつくのをやめて一個の人間として自分と子どもの関係をとらえ直すということです。
「親である」「子どもである」という枠を外してみれば、そこには1人の大人(あなた)と1人の年少者がいるのみであり、それは人生経験上の差はあるにしても対等の人間同士であるはずです。
「自分は親である」というアイデンティティの下では見えてこなかった子どもの「真の姿」が新鮮な感覚で見えてきます。
親アイデンティティが強いときは、どうしても我が子は「こうあるべき」「こうしてくれなくては・・・」という思いに囚われています。
それは上から目線で子どもに特定の行為を強いる方法に他なりません。
その上下関係に基づく親子のあり方ではなく、いったん互いの立場(役割)をフラットにした上で愛情を込めた関心を向けてみればよいのです。
ここで大事なのは「愛ある関心」であって心配ではありません。「このままでは将来困るのでは」などと「心配」に名を借りて相手をコントロールすることではありません。
親は子どもの将来を心配する必要は全くありません。子どもの将来は子どものものであって「他者」が云々することではありません。
そんなことより子どもの「いま」に関心を向けて下さい。関心を向けるとは、イチイチうるさく干渉したりハラハラ心配することではありません。
子どもを完全に信頼し、子どもと一緒にいられる今この瞬間に感謝し愛をもって見守るということです。
子どもと共に過ごす時間は実はそれほど長くはありません。今この時間もあっという間に
過ぎ去ります。子どもは成長しすぐに親元を去って行くでしょう。
ならばこの貴重な時間を子どもと過ごす喜びに変えたほうがよいのではありませんか。
親としての威厳を保つためか子どもの前で本音を見せないあるいは弱音を吐かない人がいますが、賛成できません。
楽しいときは笑い悲しいときは泣き、腹が立ったら怒る。困ったときは悩む。その姿を子どもに見られてもいい。弱点をさらしてもよいのです。(というか子どもはとっくに見抜いている)
そうすれば子どもも安心してこの関係の中でくつろぐことができます。
こうして親子が「いま」を大切に生きていけば逆説的に子どもも「将来を生き抜く力」を身につけることができるでしょう。
親が心がけるべきは、子どもの将来を案じ子どもに失敗しないよう取り計らうことではありません。失敗してもくじけない心をこそ養うべきであって、むしろ失敗を成長の糧にするようなたくましさを持つ人間にすることです。
子どももいつか失敗したり人生の壁にぶつかるでしょう。挫折も経験するでしょう。いっぱい傷つくこともあるでしょう。
それらの試練を乗り越える力の源泉は、今この瞬間の親子のあり方から発せられるのです。
それは親が役割という仮面を脱ぎ去って、ゆるぎない信頼と愛情に基づく本音の姿で子どもと向き合っている姿勢そのものによって育まれるものです。
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