• No.157 和実ゆい

    22/10/02 15:42:12

    第25週(最終週) 「やんばる!ちむどんどん!」補足

    智と結婚した歌子は砂川豆腐店を手伝うことに
    杉並のちむどんどんは矢作に妻の佳代が加わり繁盛していた
    房子が連れてきた大里五郎は優子と弟・秀夫(戦時中に死亡)を探していた人物。沖縄出身だが東京に来て40年以上経って沖縄の言葉は忘れていた
    戦時中に五郎は優子の姉・時恵の最期を見届けたようだ
    米兵に逃げ込んだ小屋に銃撃を食らった瀕死の時恵は五郎に握り飯を差し出した際に簪のジーファーを優子に渡してほしいと五郎は受け取っていた
    水を欲しがる瀕死の時恵に五郎はこの先自分が生き抜くために必要だった水を上げることができなかったと謝罪する五郎に生死が不明だった姉のことが聞けた優子は感謝をしてジーファーを髪につけて大里親子と房子に琉球舞踊を披露した
    翌日房子は優子と共に海岸やってきて見知らぬ故郷を目のあたりにして優子に沖縄に来てよかったと感謝した
    やんばるちむどんどんで提供している沖縄そばの麺はカラキを練りこんだもの
    開店前の麺の未納品は取引先の運天製麺の機械トラブルによるもの
    やんばるちむどんどん開店日のお客第一号は、まもるちゃん
    今までしゃべることは無かったまもるちゃんは蕎麦定食に「マーサンヤー」と声をもらして感動していた。どうやらまもるちゃんは終戦当時に優子と同じ収容所にいたようだ
    サプライズゲスト
    ①早苗と3人の子供たち
    ②元陸上部でコーヒー農園経営のためブラジルに移住した正男
    ③金吾はハワイに移住してパイナップル農園を経営して白人の女性と結婚した
    ④賢三の三味線の師匠・上原と歌子宛てに書かれた与那国島にいる音楽教師・下地の歌子への激励の手紙
    高熱で生死をさまよう歌子のために暢子は良子と賢秀を連れてタクシー(運転手はゴリ)に乗って賢三の墓のそばの海岸に向かい歌子を助けてほしいと海に叫ぶと賢三が「大丈夫、見てるからからよ、なんくるないさー」と返事が?その頃歌子は目を覚ました

    40年後…202X年 令和X年
    やんばるちむどんどんで優子の誕生パーティーが開かれ子供の家族が集結した
    賢秀と清恵と息子夫婦と孫2人(男の子は賢秀が買ったコスモバンドをしている)
    良子と博夫(共に校長まで勤め上げ銀婚式に海外旅行に行けた)と娘夫婦と孫2人
    歌子(ここ10年は風邪もひかないほどに元気になり、レコードデビューして民謡歌手として活躍)と智と子供夫婦と孫2人
    暢子と和彦(沖縄民俗についての書籍も多く出版できている)には息子・健彦夫婦と孫3人。孫の1人の未来は将来世界一のパティシエになると意気込む

    4兄妹の幼少期を演じた子役たちが孫を演じていたね!朝ドラではよくあることだよね~

    エンディングは暢子が高校生の頃のシーンに戻って比嘉家のメンバーが朝の食事を楽しみ、暢子はシークワーサー木のそばでもぎ取った実をかじった。

    おわり

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