• No.87 正平

    20/01/14 09:47:48

    >>86
    だが、養女の絹子さんとは、確かに確執もあったという。

    「絹子は、3歳のときに連れ子として来たんです。その当時から、私のことは “パパじゃない人” と認識していたようです。でも、手を繋いで遊園地に連れて行ったりして、かわいがりましたよ。当然、叱ることもありました。

     5歳ぐらいから、私に対して『お父さんじゃないから嫌い』と言ったり、ハルマンの着物にハサミを入れたりと悪さをするので、軽く手のひらで叩いたこともありましたが、よかれと思ってやったことです。

     そんなとき絹子は、わざと近所に聞こえるように大声で泣いていましたけどね。しかし、それも、ごくまれなことです。

     ただ、絹子が高校生のころ、あまりに反抗的なので、一度本気で愛想を尽かして、僕のほうが自由が丘の実家に帰ったことはあります。そのうちハルマンから電話で、『もう帰ってらっしゃいよ』と言われたので帰りましたけどね」

     そもそも、40年にわたるDVなど不可能だと、清水は苦笑いを浮かべた。

    「じつは20年近く前から、ハルマンとは別室で暮らすようになり、“家庭内別居” の状態ではありました。ここ何年かは、家の中で、家族とまともな会話すらありませんでした。……いえ、私だけが家族から無視されていたんです。

     ハルマンに向かって『なんだこの野郎!』と私が言ったと、『週刊新潮』は録音テープとともに報じましたが、たしかにあれは事実です。でも、そもそも、それを絹子が録音しているのもおかしいでしょう。あれは録音するために、私が怒るように仕向けていたんです」

     清水は、むしろ自分がDVを受けていたと主張する。

    「ハルマンは一時、“鬼嫁キャラ” としてテレビ番組に出演していましたが、一部演出はあれど、本人の性格はほぼあのままなんですよ。

     私は63歳のころに脳梗塞を患い、俳優としての仕事に自信をなくしていました。それでハルマンに『仕事ができない』とぼやくと、ハルマンは『できないじゃなくて、やんなさいよ!』と怒鳴るんですよ。

     そんな私でも、ある時期はずいぶん稼いでいたはずですが、ギャラはすべて、ハルマンの会社に振り込まれていました。収入は全部ハルマンが管理していたので、私は自分がどれだけ稼いでいたのかを知らないんです。

     以前の事務所にいたころは、年収3000万円くらいあったと思いますが、自分で自由に使えるお金はなかったし、給料はおろか、小遣いすらまともに与えられませんでした」

     今回、本誌は、この清水の “反論” を、ハルマンさんに電話で直接確認した。

    「あの人は本当に嘘つきですね。彼からのDVはたしかにありました。証言者が何人もいます。DVを受けてきたんだから、私たちが清水を無視するのも当たり前です」

  • No.94 天明

    20/01/14 09:58:53

    >>87
    エンドレスの戦いw


    私的には虐待されてた人が40過ぎても実家に住み続けてるのも変だと思うし、DV男が生前贈与に従ってるのも何か変な話だな~って思う

コメント

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返信コメント

  • No.118 天文

    20/01/15 13:00:19

    >>94本当。 写真の物が本当に清水さんがやってたとしたらもちろん清水も悪いけど、ハルマンさんの強気な音声と、自分の分け前まで生前贈与で子供にあげてるとことか見るとね。

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