• No.140 ラストオーダー22時

    17/03/10 01:29:05

    >>139続き

    病院の心理士から「殺したい願望に対する自己抑制訓練」として原則を示された。(1)殺人欲求を刺激しないために不必要に脊椎生物を殺さない(2)手段が手元にあるとブレーキをかける間もなく行動に移しかねず、武器や毒劇物の収集を禁止する(3)殺人欲求の刺激につながるため、過去の犯罪に関する資料や残虐な映画などの鑑賞を禁止する(4)アルコールや違法薬物の摂取を禁止する(5)自分の気分の状態を意識する-の5項目だ。
     最初の項目は、昨年夏頃、入院中に小さなアマガエルを引きちぎって殺したことがあり、それを病院側に知られて盛り込まれたのかもしれない。二つ目の項目に関し、本当は凶器が欲しいが、「人を殺さない自分に変わりたい」との気持ちから「要らない」と言っている。社会復帰後もできれば凶器は買いたくない。生活に必要なナイフは買うと思う。入手後に何を考えるかはその時にならないと分からない。薬品を欲しいと思う気持ちは今も変わらないが、手放す覚悟ができた。もし、薬品を手元に置けたらコレクションとして並べて見ていたい。使う可能性はゼロではない。いつ、人に飲ませたい気持ちが湧き出るか分からない。社会復帰後もできればタリウムは買わないようにしたい。実際に買うかどうかは分からない。
     5項目の約束は守りたい。人を殺さない、傷つけない自分になりたいとの気持ちが強くある。
     裁判が始まって約2カ月がたつ。最初の頃と今とで大きな変化はないんじゃないかと思う。被害者の気持ちは「分かる」という段階ではないかもしれないが、一通り「知った」のは大きい。反省につながればいい。
     人を殺したい気持ちは週1、2回生じる。どういう時に、というのは分からないが、公判中も法廷で一度「人を殺したい」と思った。タリウム事件の審理で、被害者の治療に当たった医師が証言をしている最中だ。誰でもいいから殺したいと思った。欲求はすぐに収まった。

  • No.141 ラストオーダー22時

    17/03/10 01:29:42

    >>140続き

    【元同級生の男性の意見陳述】
     事件のせいで、思い描いていた目標や夢は台無しにされた。特に目がほとんど見えないことでとても不自由を感じている。普段は嘆いたり悲しんだりしないようにしようと思って生活している。現実と向き合い、乗り越えようと努力する生活にも慣れた。
     それでも、電車に乗る際や買い物、運動時など、日常生活のさまざまな場面で自由が利かず、「この事件さえなければ」と感情が高ぶる。大学での勉強でつまずくと、事件当時のことを思い出す。すごく歯がゆい。被告が許せなくなり、元の体に戻してほしい、事件前に時間を戻してほしい、と叫びたくなる。
     高校時、原因も分からないまま腹痛になり、食事も喉を通らなくなった。髪の毛は大量に抜けた。いったいどうしたんだろう、このまま死んでしまうのではないかと、不安で押しつぶされそうだった。腹痛や脱毛が落ち着いた頃、今度は目が見えなくなり、脚に力が入らなくなった。歩くことさえできなくなった時は正直、心が折れた。精神的にすごくつらかった。
     「タリウムを投与したらどうなるのか」という身勝手な動機で、実験台にされた。なぜ自分の命を懸けて被告の実験に協力しなければいけないのか、全く理解できない。人の命を何だと思っているのか。もし、自分が命を奪われたらどう思うのか。
     この法廷で被告から反省や謝罪の言葉が聞けると思い、(被害者参加制度を使って)公判に参加したが、最後まで反省や謝罪は聞けず、被告は事件のことをまるで人ごとのように話していると感じた。これ以上、謝罪や反省は求めない。許すつもりもない。一生刑務所に入り、罪を償ってほしい。

    http://sp.kahoku.co.jp/tohokunews/201703/20170308_13022.html

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