• No.5 かき氷

    16/08/07 12:32:03

    ◆気持ちが「もぐら叩き」のように…

     --不妊治療はいつから?

     「結婚をした47歳ぐらいから。普通なら妊娠を諦める年齢から不妊治療を開始していましたから、無謀なことだったんです。それでも、周囲には『半分諦めていますから』と言いながら、治療のたびに現実を突きつけられると、ものすごく辛かった。泣いて、泣いて、どれだけ泣いたか分からない」

     --どうしても産みたかった?

     「もう諦めるべきだろう、というささやきは常にあっても、(子供が欲しいという気持ちが)ピコピコもぐら叩きみたいに出てきちゃう」

     --45歳でフルマラソンに初挑戦して完走できた坂上さんにはタフで諦めないイメージがあるが

     「そんなタイプじゃないです。簡単に諦めたものはヤマのようにあります! そろそろアンニュイと呼ばれたい(笑)。

     でも、これだけは抗えなかった。抗っても、抗っても、湧きあがる思いがあって、“なぜ、私はこうなんだろう”と、何度も何度も自問した。それでも、もう1回、もう1回と続けてきた。だから、授かったことには何か意味があるし、私たち夫婦には必要な子だったんだ、と今は思っています」

    ◆一度は流産…唱え続けた「呪文」

     --不謹慎な話だが、不妊治療で障害児が産まれると、それみたことかと揶揄する風潮がある。それについてどう思う?

     「実は人は“出産”についてあまり知らずに生きている、と気がついた。私自身もそう。ひとくくりに“高齢出産”といっても、治療の方法や、出産方法など様々。調べれば分かることが、まだまだアンタッチャブルな世界なのか、世間一般の高齢出産に対する理解が少ないのは残念ですね。もっと教育の現場で、出産について教えてしかるべきだと思います」

     --意地悪な質問だが、もし産まれてきた子に障害があったら世間から集中砲火を浴びたのでは?

     「そうでしょうね。本当は、すべての妊婦にとって、無事に出産できるかどうかは、年齢に関係なく、最後まで分からない。実は、一度流産したことがあるんです。当時は不安な気持ちで四六時中過ごしていた。不安な気持ちと流産に関連性はないけれど、その時に、出産とはそんな気持ちで臨んではいけないものなのだ、と骨身に染みて痛感したんです」

     --流産はいつ?

     「40代後半」

     --では二度目は確固たる意志で出産に臨んだ?

     「そうです。“不安に思ってはいけない”と呪文のように唱え続け、不安になるたび、ダメダメダメ!!とひたすら気持ちを打ち消していました」

    ◆「100歳以上生きる」でも「いつ死んでもいい」

     --出産前は、ギリギリまで働きましたね

     「ええ(笑)。出産の10日前まで」

     --出産して、気持ちの変化は?

     「幸せを感じる瞬間が圧倒的に多くなったということと、53歳で産んだから100歳以上生きる、と言うのが完全な目標です(笑)。ただ、長生きしなくてはと思う反面、矛盾するけれども、次の世代がいると、もういつ死んでもいいや、と思える、相反する2つの思いが常にあります。それは面白い変化ですね」

     --お子さんは、とても明るく元気ですね。

     「そうですか?(笑)まあ、活発で健康な子です」

     --子育ての流儀は?

     「自分流のスタイルを探している所。寝食忘れて打ち込めるものを何か見つけてほしい、と思っているので、その手助けをするのが親の仕事だと今は思っていますね」

     --子育て中に何か感じることはある?

     「他界した母と話したい、と常に思いますね。母もこういう気持ちで子育てしてきたのか、と細胞の隅々で実感する感覚が、折に触れて充実感につながっている。子育ては幼いころの自分に重ね合わせながら追憶の旅をする、とても素敵な時間になっています」

     

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