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朝日新聞 6月30日
愛知県豊川市の駐車場から2002年に男児(当時1歳10カ月)を連れ去り、海に投げ落として水死させたとして殺人と未成年者略取の罪に問われ、懲役17年の判決が確定した田辺(旧姓・河瀬)雅樹受刑者(49)=大分刑務所に収監=の弁護団が、7月中にも名古屋高裁に再審請求することが30日、分かった。
日本弁護士連合会の支援決定を受けて、方針を固めた。
弁護団は、捜査段階の自白調書の内容を否定する独自の新証拠などを提出するという。
裁判は、自白の信用性や間接証拠の評価を巡って争われた。
06年の一審・名古屋地裁は「自供以外に直接証拠がなく、自白の信用性に疑念がある」として無罪判決を言い渡したが、二審の名古屋高裁は「自白の信用性は十分で補強証拠もある」として逆転有罪を導いた。
その後、最高裁で判決が確定した。
確定判決によると、田辺受刑者は02年7月28日未明、豊川市内のゲームセンター駐車場で、駐車中の別の乗用車内にいた男児を抱きかかえて自分の車に移し、海岸まで連れ去り、海中に投げ落として水死させた。
田辺受刑者は捜査段階で「車内で寝ようとしたが、男児の泣き声で眠れなくなり腹が立った」と犯行を自供したが、公判で「捜査員に自白を強要された」として無罪を訴えていた。
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No.1 主 脱脂粉乳
16/07/01 01:24:50
古トピ
愛知県豊川市・男児連れ去り・殺害事件で無罪判決
愛知県豊川市のゲームセンター駐車場で2002年7月、同市平尾町の会社員村瀬純さん(28)の長男、翔ちゃん(当時1歳10か月)が連れ去られ、殺害された事件で、殺人と未成年者略取罪に問われた元トラック運転手河瀬雅樹被告(38)の判決が24日、名古屋地裁であった。
伊藤新一郎裁判長は、河瀬被告に無罪(求刑・懲役18年)を言い渡した。
この事件では、目撃証言や物証がなく、公判で焦点となったのは、唯一の証拠である「自白調書」の任意性、信用性だった。
捜査段階で河瀬被告は「駐車場に止めた自分の車で寝ていたところ、子供の泣き声で起こされた。腹が立ったので連れ出し、海に捨てた」と犯行を認めていたが、公判では一転して無罪を主張していた。
弁護側は「被告は強い立場の人から命令されると逆らえない性格で、自白には任意性も信用性もない」と主張。
殺害状況について、河瀬被告が当初、
「海へ突き落とした」と供述していたが、その後、「投げ捨てた」と変遷している点を指摘し、「現場の海が事件当夜、干潮で岩がむき出しになっていたのに遺体には傷がなかった。
捜査員が、都合のいいように供述を変更させた」と主張していた。
一方、検察側は
「自白は自発的なもので、内容も自然で詳細だ」とし、殺害状況の変遷については、「供述が詳細になっただけで、本質的には変わっていない」と反論していた。
起訴状によると、河瀬被告は2002年7月28日午前1時10分ごろ、豊川市白鳥町のゲームセンター駐車場で、父親のワンボックスカーにいた翔ちゃんを自分の軽乗用車に乗せて連れ去ったうえ、約4キロ離れた岸壁から海中に投げ落として殺害した。(06/01/24)
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No.2 主 脱脂粉乳
16/07/01 01:34:48
愛知・村瀬翔ちゃん殺害事件
【事件概要】
2002年7月28日、愛知県豊川市のゲームセンター駐車場で、車内で寝かされていた村瀬翔ちゃん(1歳10ヶ月)が行方不明となり、午前5時頃に4kmほど離れた三河湾に死体となって浮いているのが発見された。
2003年4月、トラック運転手K(当時36歳)が犯行を自供、逮捕された。
2006年に名古屋地裁で無罪が言い渡されたが、後に逆転有罪判決。
――――――――
【あの夜】
2002年7月27日午後10時頃、愛知県豊川市の無職・村瀬純さん(当時26歳)は、夏祭りの後、同市白鳥町のゲームセンターで友人と遊び、午前0時ごろになって一緒に来ていた長男・翔ちゃん(1歳10ヶ月)が眠たそうにしているのに気づいて、駐車場に停めてあったワンボックスカーで寝かした。
念の為、冷房をつけるために、エンジンはかけっぱなしにしていた。
午前1時20分頃、駐車場に戻ってきた純さんは、助手席の窓が開いており、車内に翔ちゃんの姿が見えないことに気づいた。
まだ1歳。
自力でドアを開けたり、出て歩いたりすることは、とても出来ない。
このため、何者かが車内の翔ちゃんを連れ去ったものと見られた。
午前5時30分頃、ゲームセンターから約4km離れた御津町の三河湾佐脇浜で、翔ちゃんの遺体が浮いているのを、カニを取りに来た人が見つけた。
捜査は難航していたが、やがてトラック運転手K(当時36歳)が浮上。
村瀬さん一家とは面識のないKが浮上したのは、現場の駐車場に停められていた彼の軽自動車のナンバーが控えられていたからだった。
Kは、そんな時間に、駐車場で1人何をしていたのか。
当初、Kは「友人とコンサートに行く予定だった」と話していたが、これは嘘だった。
Kは妻、義母、子ども2人の5人家族で、義母方で暮らしていた。
しかし妻との仲が険悪になり、事件までの3年の間は仕事から帰宅して子どもを風呂に入れた後、家を追い出される生活を送るようになった。
Kはわずか1000円ほどのお小遣いをもらって、車中泊をして時間をつぶしており、事件現場であるゲームセンター駐車場も普段からよく利用していた場所だった。
Kが繰り返す嘘は、警察の疑いをさらに強める結果となり、以後マークされた。
さらにKが音羽町の業者に車を売っていたことも判明し、これは証拠隠滅をはかったものと見られた。
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No.4 主 脱脂粉乳
16/07/01 01:43:18
>>2 続き
03年4月、Kは豊川署に連行され、翌日に犯行を自供、逮捕された。
2003年7月の初公判、Kは供述を一転させる。
「一切やっていません」「自白させられました」と無罪を主張し始めた。
【供述調書】
まずKは当日午後8時30分に現場の駐車場にやって来て、睡眠をとった。
午後9時30分頃、村瀬さんの車が、Kの車の斜め前に駐車した。
午前0時頃、村瀬さんが翔ちゃんを車内で寝かす。
Kは赤ちゃん(翔ちゃん)の泣き声で、目をさました。
この時、現場には
3人組の若い女性が村瀬さんの車をのぞいて、翔ちゃんをあやしていた。
場内には他にもバイクのグループなどもいたという。
午前1時10分頃、Kは次第に赤ちゃんの鳴き声にいらだちはじめ、車内の翔ちゃんを抱いて車で連れ去った。
Kは駐車場を出るとき、場内に1人でいた女性を目撃していた。
(後に警察がこの女性に尋ねたところ、出会い系サイトの待ち合わせの女性であり、不審な男・車両については「覚えていない」と答えた)
Kは翔ちゃんを連れ去った後、「始末に困った」と思い、そのまま4km離れた御津町佐脇浜へ向かった。
そして午前1時40分頃、生きたまま海に投げ捨てた。
Kは再びゲームセンターの駐車場に戻って睡眠をとったが、この時場内に来ていた署員にナンバーを控えられている。
翔ちゃんはその4時間後に400m離れたところで発見された。
【冤罪の影】
この事件で、Kが犯行を行なったとする物証や目撃者はなく、あくまで自白のみである。
事件後にKが売ったとされる車からは、翔ちゃんの指紋や、衣服の繊維は検出されなかった。
また事件当夜のことについて、翔ちゃんのいた車の斜め前ではなく、約60m離れたゲームセンターに隣接する「ユニクロ」前に車を止め、朝まで寝ていたと話した。
そしてその供述内容も信憑性が揺らいできた。
ある時、「赤ちゃんを抱いてみろ」と言われ、たまたま左手でお尻を支える抱き方となった、「それは左利きの抱き方だ」と言われ、調書では左利きとなった。
しかし、実際は右利きである。
また殺害時の自白も「背中を押した」から「投げ落とした」に変わった。
当時、現場の海は干潮で、すぐ下の海面には岩場がでた。
翔ちゃんの体が岩場にぶつかると、体に何かしらの傷がつくが、遺体にはそうした傷はなかった。
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No.5 主 脱脂粉乳
16/07/01 01:53:06
>>4 続き
それを指摘されると自白が変わった。
この事件が起こった直後、まず父親・純さんが疑われた。
純さんは取り調べ官に「間違いなく、君が犯人だと言えるよ」と言われたという。
しかし、後にゲームセンターのビデオカメラに純さんの姿が映っていることがわかり、アリバイ成立となった。
純さんは事件後しばらくは、「Kを極刑にして欲しい」と話していたが、後に
「K以外の人物なのでは・・・?」と考えるようになった。
また自責の念にも苦しんだという。
Kが浮上してくるのはその後のことである。
Kは福井県の日本海沿いの街で生まれている。
父親は幼い頃からしつけに厳しく、Kは恐れを抱くようになった。
学校ではいじめを受けており、いつも1人でいた。
同級生に盗みの濡れ衣を着せられて、補導されたこともあったという。
父親や同僚によると、Kは嘘が多い人物であったらしい。
ただ、それは自分を強く見せようという性格の嘘ではなく、その場しのぎの、圧迫・苦痛をしのぐ嘘がほとんどだったようだ。
父親が白いコーヒーカップを指して、「このコーヒーカップ、黒いね」と強く言うと、「うん、黒いね」と答えるほどだったという。
つまり、「恐ろしい」と感じると、苦痛をしのぐために相手の言うままに答えることが多い。
それは逮捕後に行なわれた心理鑑定でも、次のような結果が出た。
1 自分でも判っている嘘→○
2 思いつきで言う嘘→○
3 自分を良く見せようとする嘘→×
自身の辛い体験から、こうした性質を持つようになったKが、取り調べ室で刑事に怒鳴られたり、椅子を蹴られたりするとどうなるのか。
やっていないことを「私がやりました」と答えるということは、大いに考えられることだった。
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No.6 主 脱脂粉乳
16/07/01 01:59:14
>>5 続き
【裁判】
2005年9月20日、懲役18年が求刑された。
2006年1月24日、
名古屋地裁・伊藤裁判長は「自白に犯人しか知り得ない秘密の暴露がなく、動機はあまりに短絡的で不自然」と、Kに無罪を言い渡した。
Kは保釈が認められ、記者会見で「皆様のおかげで無罪になりました。ありがとうございました。本当にうれしい気分です」と話した。
2007年7月6日、
名古屋高裁で懲役17年の(求刑同18年)の逆転有罪判決。
前日にはマスコミの取材で「無罪を確信している」と話していたKは、裁判長の
「被告人を懲役17年に処する」との言葉を聞き、大きくうなだれた。
前原捷一郎裁判長は「自白は自発的になされ、中核部分は客観的事実と齟齬がなく、根幹部分において十分な信用性が認められる」と指摘し、供述調書の信用性を認めた。
この控訴審で検察側は、連れさり直前に現場でKの赤い軽乗用車の目撃者2人の証人尋問や、ポリグラフの結果などで信用性を補強していた。
Kは無罪判決後、
名字を変え、事件のことは伏せて派遣社員として働いていたが、この日の閉廷後、名古屋拘置所に収監された。
村瀬さんは記者会見で「内容を聞いていて、Kが犯人だという確信を持てた。捜査に感謝している」と話した。
2008年9月30日、
最高裁・古田佑紀裁判長は被告側の上告を棄却。
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No.8 主 長文ばかり失礼
16/07/01 02:30:24
>>6
冤罪を訴える父親の話
2011/09/04
先日の集会では受刑者となっている田邉さんのお父様がご挨拶をされました。
「本人の父親でございます。
ちっぽけな一人の小さな人間がこのような冤罪という事件を抱えてしまって全国から本当に冤罪を憎み正義を持って支援をしていただく皆様に心からお礼を申し上げます。
弁護士先生からもお話があったようにこの事件は本人がしっかりしていればなんでもなかった事件だと思います。
非常に本人の性格上コミュニケーションが取れない、あまり人としゃべるのが得手でない。
だから自己主張ができない。
意見がいえない。
だかえら相手から言われると迎合したほうが楽なんですよね。
そういう性格なんです。
過程においでもそうだったんです。
なぜそういうふうになったのか。
小学6年生くらいからいじめという境遇にあったんです。
それでそういうような性格になったんでしょうか。
学校に行かないから親として強く言ったこともあります。
反抗することもしませんでした。
反抗期に十分に反抗できるような性格だったら良かったんですけど反抗期をおとなしく過ごすとこういう子になっていくのかと今思っています。
弁護士にも「自分がやりました」という気の弱さ。
いわゆる世間知らずだったんですね。
私たちの時代には親と子が一緒の屋根の下に暮らしていましたから、いろいろな話を聞いて育ちました。
ですが最近は核家族で親のそばをすぐ離れてしまい全くの世間知らずになってしまうような気がします。
もし親といたならこういう事件の問題も話題に上がっていたと思うんです。
それがなかったんですね。
だからまんまとひっかかりました。
これが記事にどういわれても、警察にどうされても警察の前でしっかりと言って堂々としていればこんなことにはならなかったと思います。
あの検察の控訴趣意書を見ますと誰がみたって犯人じゃないかと、どこが犯人じゃないと言えるんだというふうに立派にストーリーがつけられています。
舞台の脚本ですね。
検事の方が作った捏造でしょうね。
われわれ法律を知らないものがみたらみんなだまされます。
裁判官も現場も見ないで書類だけ、それで通すんだったらプロじゃありませんよ。
そんなやり方でやってしまったんですね。
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No.9 主 脱脂粉乳
16/07/01 02:56:53
>>8 続き
あるテレビ番組でこの事件を取り上げてくださいました。
そのときにジャーナリストの方が言っていました。
「出来損ないの検察官や裁判官にあたったらたまったもんじゃないですよ」と。
全くその通りでした。
本当にたまったもんじゃないです。
メンツを守っているだけの内容だと思います。
本当に残念です。
それだけ司法の権力は強い。
一審の裁判官は立派でした。
ああいう裁判官になってほしいですよね。
一審で無罪になるのが0.3%だそうです。1000件のうちに3件ですか。
そのくらい一審無罪は重さ尊さがあると思います。
最高裁から上告棄却の書類が来ています。
最後のほうにこの件は再審請求の要ありと書いてあります。
再審請求しろということなのかどうか知りませんけどどちらにしても最高裁も高裁ももっとしっかりしてほしいと思います。
簡単に右から左へ書面を流すようなことはやめてほしいと思います。
どうぞ今後ともよろしくお願いします」
福井から軽自動車で駆け付けたというお父さん。
次の日の現地調査も参加される予定でしたがこの日の夜中、奥さまの体調が思わしくないということで急遽、ご自宅の方に戻られました。
裁判資料盗難=担当の弁護士が調査中に-愛知
(時事通信)2003 年 7 月 20 日
愛知県豊川市で昨年7月、1歳の男児が連れ去られ水死体で見つかった事件で、殺人罪などに問われた元トラック運転手の河瀬雅樹被告(36)の弁護を担当する男性弁護士(30)が19日、連れ去り現場を調査中、車上狙いに遭い、事件の裁判資料の入った黒色バッグを盗まれたと豊川署に届けた。
同署は窃盗の疑いで捜査している。
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No.37 主 脱脂粉乳
16/07/06 18:10:49
>>9
幼児殺害
時事通信 [7/6]
日弁連は6日、2002年
7月、当時1歳の男児を連れ去り殺害したとして、殺人と未成年者略取の罪で懲役17年が確定した田辺(旧姓河瀬)雅樹受刑者(49)の再審請求を支援すると発表した。
弁護団は近く、名古屋高裁に再審請求する。
支援により、鑑定費用の援助などが受けられる。
確定判決は、田辺受刑者が豊川市のゲームセンター駐車場で、1人で車内にいた男児を連れ去り、海に投げ落として殺害したと認定した。
田辺受刑者は捜査段階で自白したが、公判では全面的に否定。
有力な物証や目撃証言がなく、自白を信用できるかが争点となった。
一審名古屋地裁は供述の変遷などから信用できないとして無罪を言い渡したが、二審は「中核部分は客観的事実と異ならない」として逆転有罪とし、最高裁も08年に上告を棄却した。
弁護団は、当時の海の潮流に関する専門家の意見書を新証拠として提出し、男児が投げ落とされた場所は自白と異なるなどと主張する。
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No.40 主 脱脂粉乳
16/07/06 20:01:28
>>37
弁護士ドットコムモバイル [7/6]
14年前に起きた「豊川事件」で、現在大分刑務所に服役中の男性の冤罪性が高いとして、再審請求を支援する。
実験や鑑定費用の援助などを行う。
2002年7月28日に、1歳10カ月の男児の略取・殺人事件。
車の中にいた男児が、父親がゲームセンターにいる間に行方不明になり、数時間後、約4.5 km離れた海で溺死体となって発見された。
事件から約8カ月半後、当時同じ駐車場に車を停めていた男性が任意同行を求められ、自白。
日弁連は、男性の車の中から毛髪や衣服の繊維など、男児が乗車した形跡が見つかっていないことを問題視。
動機についても、「男児の泣き声がうるさかった」「処置に困って海に投げ込んだ」という男性の自白は、駐車場所を移動するなり、その場に放置するなりすれば済むのに不合理だと判断した。
弁護団は現在、再審請求の準備を進めている。
新証拠として、男性が自白した「犯行現場」からでは、潮流の関係で遺体発見時間に発見現場には流れつかないことを示す、理学博士の意見書などを提出予定だ。
日弁連では現在、10件の再審請求事件を支援中。
豊川事件は11件目になる。
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1件
No.48 主 脱脂粉乳
16/07/15 17:21:06
>>46
時事通信 [7/15]
当時(1)=を車で連れ去り、海に投げ捨て殺害したとして、殺人と未成年者略取の罪で懲役17年の有罪判決が確定した受刑者が15日、名古屋高裁に再審請求した。
物証はなく、犯行を認めた自白や、車の目撃証言の信用性が再び焦点となる。
03年4月、犯行を自白して逮捕され、起訴直前に自白を撤回。
公判では一貫して無実を主張した。
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