• No.1 マカロニグラタン

    16/04/21 13:33:20

    ラファエル・アトニアンが浅田真央について語っているインタビュー(2016/04/08公開)



    T=テッド・フレット R=ラファエル・アルトゥニアン

    T:門下生に世界選手権メダリストがまた一人増えました(アシュリー・ワグナーのこと)。これまでコーチとして2004年にミシェル・クワンを銅メダルに、2007年に浅田真央を銀メダルに導きましたね。

    R:浅田真央をコーチしたのは全日本のあった1月までなんだ。世界チャンピオンになったのはその後。悲しい話だよ。
    全日本の後、「ラファエル、そちらへ行けなくなりました」と真央から電話があった。真央は1月14日にカリフォルニアへ来る予定だったが、こう言った。
    「来日は可能ですか?」私はこう返事した。
    「無理。ジェフリー・バトルのコーチもあるので予定通りこちらへ来てください。」
    彼のことは真央より何年か先にアローヘッドで指導していたし、世選前で付きっ切りだったからね。「今は行けないので、ナディア・カナエバを日本に寄こしてもらえますか?」と真央が言うので、ナディアを送った。

    それからまた真央から「やはり行けません。来日していただくのは可能ですか?」と電話があった。「ジェフリー・バトルのコーチがある」と言うと「ジェフリーのことは何とかします」と言う。ふざけてると思った。理由も言わず、来ないなんて。
    「取り決めを守らないなら、もう組まない」と返事したよ。私は本当に愚かだった。それほど若くはなかったけど、あれは若気の至りだ。私は真央との師弟関係を解消した。

    そして世選が近づいた。ジェフリーが私に帯同を求めて来たが、リー・バーケルコーチに帯同させようと答えた。
    師弟関係解消の件を真央は公表していなかったから、私が行けば真央はとどまってくれと言いに来ると思い、行かなかったんだ。
    すると、二人ともチャンピオンになった。二人とも世界チャンピオンだよ。

    (続く)

  • No.2 マカロニグラタン

    16/04/21 13:34:33

    >>1からの続き)

    同じ年に世界チャンピオンを二人も出すなんてフィギュアスケート史上、聞いたことがない。私は二人とも指導していたのに世選に行かなかった。名前はテレビに出ていたよ。
    チェックするといい。ショートでは真央のコーチとして名前が出ている。僕が来なかったから真央は僕の名前をフリーからは外している。チェックして欲しい。
    私の人生で最も可笑しい話だ。

    真央のママが病気になっていたのが事の真相だった。保険の関係で日本から出られなかったんだ。その後、ママがどうなったかはご存じだね?

    病気のことを隠していたから、真央がこちらに来ない理由も言わなかったわけだ。本当に悪かったと思ったよ。事情を知っていたら、私はもちろん日本に行っていた。
    でもそんな事とは知らなかった。言ってくれればジェフリーを連れて行っていた。世界は白か黒ではなく、灰色の時もある。そういう事だ。
    ママは亡くなり、とても悲しい話だ。世選の2か月前に、日本から出られない真央との師弟関係を私は解消した。
    一年に二人世界チャンピオンを出せたのに。
    教訓だね。だからこの話をした。悲しい話だけどね。

    真央のことは心から大切に想っている。あの時のことは本当にすまないと思う。

    オリンピックの後、真央は僕の所に来て『私のためにしてくれたことは決して忘れません』と言ってくれた。
    我々は良い友達だよ。もちろんジェフリーもね。この話は以上だよ。

    (終)

コメント

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返信コメント

  • No.12 牛乳

    16/04/24 02:04:57

    >>1 >>2
    マスコミにお母さんの病気が漏れる事を警戒して言えなかったのかな?
    当時「浅田真央がワガママすぎてコーチと上手く行ってない」とかかなりマイナスなイメージで報道されてた気がする

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