お浸し
フィギュアスケーター浅田真央さんについて語り合うトピです。
総合はないようなので立てました。
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浅田真央(あさだまお)
1990年9月25日生まれ。
愛知県名古屋市出身。
3歳から越智久美子によるバレエのレッスンを受ける。
5歳の時に姉の舞と共にスケートリンクに遊びに行き、スケートに出会う。
2000-2001シーズンに小学6年生で全日本選手権に出場(特例)。
不完全ながら3回転-3回転-3回転のコンビネーションジャンプを跳び、「天才少女」と呼ばれた。
2010年バンクーバーオリンピックにて、女子シングル史上初めて、1つの競技会中に3度の3回転アクセルを成功させる。
2013-2014シーズン、スケートアメリカで優勝したことにより、史上初、シングルの選手でファイナルを含むグランプリシリーズ全7大会を全て制した。
世界選手権2014のショートプログラムで78.66をマークし、歴代最高得点を更新。
◆主な戦績(2016年4月現在)
GPファイナル 優勝(4回)
全日本選手権 優勝(6回)
四大陸選手権 優勝(3回)
世界選手権優勝(3回)
バンクーバーオリンピック 2位
ソチオリンピック 6位
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古トピの為、これ以上コメントできません
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No.13 マカロニグラタン
16/04/24 08:06:34
ああ、ホストとソープ嬢の娘か。
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No.12 牛乳
16/04/24 02:04:57
>>1 >>2
マスコミにお母さんの病気が漏れる事を警戒して言えなかったのかな?
当時「浅田真央がワガママすぎてコーチと上手く行ってない」とかかなりマイナスなイメージで報道されてた気がする
返信
No.11 ミートソース
16/04/23 22:06:32
>>10
いくらでもいるものだよ。
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No.10 ミートソース
16/04/23 22:05:48
厳しいようだけど、病気を抱えた親がいる娘はいくらでもいるんだよ。
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1件
No.9 カレーライス
16/04/23 21:57:39
浅田真央ファンって「真央ちゃん可哀相…」って酔いしれるのが好きだよね…
1レス目からいきなりその方向性でげんなりした。
お母さんの事は気の毒だけど、黙ってた浅田真央や周りにも責任はあると思うよ。
そのおかげで罪悪感を抱かせられたコーチが気の毒。
返信
No.8 コッペパン
16/04/23 11:13:27
>>6
バトルの滞在費なんかも全部自分が持つから日本に来てほしいって言ったらしいよ
もっと細かいニュアンスで訳してあるやつに書いてあった
返信
No.7 コッペパン
16/04/23 11:09:21
アイスレジェンドの放送楽しみ!
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No.6 中華丼
16/04/23 01:46:52
>>1-2
真央ちゃん…(´;ω;`)ウッ
ところで
>「ジェフリー・バトルのコーチがある」と言うと「ジェフリーのことは何とかします」と言う。
ってどういう意味だろう
彼も日本のリンクで練習できるようにするから~って意味かな
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1件
No.5 筑前煮
16/04/21 20:57:39
前の総合は古トピになっちゃったのか
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No.4 マカロニグラタン
16/04/21 13:37:12
>>1
誤字ありました。すみません
×ラファエル・アトニアン
○ラファエル・アルトゥニアン
アトニアンって誰だよ…orz
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No.3 ミートソース
16/04/21 13:36:14
【総合】浅田真央【フィギュアスケート】
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No.2 マカロニグラタン
16/04/21 13:34:33
(>>1からの続き)
同じ年に世界チャンピオンを二人も出すなんてフィギュアスケート史上、聞いたことがない。私は二人とも指導していたのに世選に行かなかった。名前はテレビに出ていたよ。
チェックするといい。ショートでは真央のコーチとして名前が出ている。僕が来なかったから真央は僕の名前をフリーからは外している。チェックして欲しい。
私の人生で最も可笑しい話だ。
真央のママが病気になっていたのが事の真相だった。保険の関係で日本から出られなかったんだ。その後、ママがどうなったかはご存じだね?
病気のことを隠していたから、真央がこちらに来ない理由も言わなかったわけだ。本当に悪かったと思ったよ。事情を知っていたら、私はもちろん日本に行っていた。
でもそんな事とは知らなかった。言ってくれればジェフリーを連れて行っていた。世界は白か黒ではなく、灰色の時もある。そういう事だ。
ママは亡くなり、とても悲しい話だ。世選の2か月前に、日本から出られない真央との師弟関係を私は解消した。
一年に二人世界チャンピオンを出せたのに。
教訓だね。だからこの話をした。悲しい話だけどね。
真央のことは心から大切に想っている。あの時のことは本当にすまないと思う。
オリンピックの後、真央は僕の所に来て『私のためにしてくれたことは決して忘れません』と言ってくれた。
我々は良い友達だよ。もちろんジェフリーもね。この話は以上だよ。
(終)
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No.1 マカロニグラタン
16/04/21 13:33:20
ラファエル・アトニアンが浅田真央について語っているインタビュー(2016/04/08公開)
T=テッド・フレット R=ラファエル・アルトゥニアン
T:門下生に世界選手権メダリストがまた一人増えました(アシュリー・ワグナーのこと)。これまでコーチとして2004年にミシェル・クワンを銅メダルに、2007年に浅田真央を銀メダルに導きましたね。
R:浅田真央をコーチしたのは全日本のあった1月までなんだ。世界チャンピオンになったのはその後。悲しい話だよ。
全日本の後、「ラファエル、そちらへ行けなくなりました」と真央から電話があった。真央は1月14日にカリフォルニアへ来る予定だったが、こう言った。
「来日は可能ですか?」私はこう返事した。
「無理。ジェフリー・バトルのコーチもあるので予定通りこちらへ来てください。」
彼のことは真央より何年か先にアローヘッドで指導していたし、世選前で付きっ切りだったからね。「今は行けないので、ナディア・カナエバを日本に寄こしてもらえますか?」と真央が言うので、ナディアを送った。
それからまた真央から「やはり行けません。来日していただくのは可能ですか?」と電話があった。「ジェフリー・バトルのコーチがある」と言うと「ジェフリーのことは何とかします」と言う。ふざけてると思った。理由も言わず、来ないなんて。
「取り決めを守らないなら、もう組まない」と返事したよ。私は本当に愚かだった。それほど若くはなかったけど、あれは若気の至りだ。私は真央との師弟関係を解消した。
そして世選が近づいた。ジェフリーが私に帯同を求めて来たが、リー・バーケルコーチに帯同させようと答えた。
師弟関係解消の件を真央は公表していなかったから、私が行けば真央はとどまってくれと言いに来ると思い、行かなかったんだ。
すると、二人ともチャンピオンになった。二人とも世界チャンピオンだよ。
(続く)
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