• No.1 牛乳

    16/04/20 13:22:41

    裕太君の行方がわからなくなったのは、05年8月30日だった。前日、担任の立花実(仮名)は、裕太君が夏休みの製図の課題を提出していないことを知って心配し、「2学期の評定が1になってしまうけど、どうして間に合わなかったのかね。お母さん、悲しむね」と声をかけていた。

     2日経っても3日経っても裕太君は家に帰らない。

     さおりは、この言葉が家出の原因だとして立花を激しく糾弾、学校や県教委にすさまじい抗議を始める。

     最寄りの駅の防犯ビデオの解析から、裕太君が東京方面に向かったことがわかった。するとさおりは、立花に対し、東京でビラを配るから、裕太君の写真を持って来いと要求。立花は連日、捜索に駆けずり回っていたが、急遽、あちこちから写真を集めて自宅に届けた。ところが、さおりに激しく罵倒される。

    「(写真を)早く持ってきてくれなかったので列車に間に合わなかった。どうしてくれる。担任は学校を辞めてもらいたい。許さない。東京へ行って捜しなさい。のうのうと寝ていないで外に見つかるまでいろ。子供が家出以来、私は何も食べていないのに、なんであなたはブクブクしていられるんだ! 子供を早く返して! 裕太が死んだら責任取りなさいよ!」

    ■「お前は馬鹿だ、人殺しだ!」

     立花とともに捜索を行っていたバレー部部長の教師も、電話でさおりに怒鳴られている。

    「東京で配るのにビラ4000枚が必要だ。子供の青春をつぶした学校は責任を取れ! 東京へいっしょに来い!」

     裕太君は9月5日、ようやく上野で無事保護される。だが、さおりの攻撃は収まるどころか、謝罪のため自宅に訪れた立花らに、前述のように「担任退職」「校長謝罪」を強要したのである。

     以後、裕太君は不登校になる。

     するとさおりは、県教委やPTA会長、教頭などに何本も電話を入れ、「立花担任は学校を辞めろ!」「学校は謝罪文を持って来い!」などと強硬に主張した。校長は謝罪文を渡そうとしたが拒絶し、「学校が子供を死にたいと思うまで追いつめた」という一文を入れた新たな謝罪文を要求する始末。

     これを断られると、

    「お前は馬鹿だ、人殺しだ!」

     と、電話で校長に何度も怒鳴った。

     そして再び学校を非難し謝罪を求める電話やメール、ファックスを、あらゆる関係先に大量に送り付け始めた。

     また、裕太君に精神科を受診させ、「うつ病」と書かれた診断書を県教委にファックス送信した。

     しかし、家出の原因は本当に担任のせいだったのか。

     9月26日、登校を再開した裕太君は、教師たちにこう打ち明けていた。

    「お母さんが怖くて家に帰りたくなかった。遠いところへ行けば、お母さんに見つからないと思った」

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