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早期教育に否定的な人は僻んでる?
11/05/13 23:26:53
既出ならごめんなさい。 こんな記事がありました。 『“事件”が起きたのは1972年5月だった。 数十人の設計者のうち代表3人だけで開かれた会議に谷口さんも出席していた。 そこで代表者のうちの1人がこう打ち明けたのだった。 「いろいろ計算したがダメだった。この数値では地震が来ると2号機はもたない」 担当者がダメだという最大の理由は岩盤だった。 浜岡辺りでは200年周期でマグニチュード8クラスの大地震が起きているため、岩盤が極めて脆かったという。 「浜岡の地盤はそもそも岩どころか、握りつぶすことのできる砂利の集まったシャーベットのような状態でした。 さらに、大地震による断層や亀裂ばかりでぐちゃぐちゃになっていたんです」 あまりにショッキングな報告に「建設中止もやむをえないか…」と思った谷口さんの目の前で、 先ほどの担当者がこう言った。 「データを偽装して、地震に耐えられることにする」 2号機は通産省(当時)に設置許可申請を出す直前だった。谷口さんが振り返る。 「担当者は“岩盤の強度を測定し直したら、福島原発並みに岩盤は強かったことにする” “固有振動数はアメリカのGE社が推奨する値を採用し、共振しないことにする” などと次々と“対策”をあげていくんです」 堂々の“偽装宣言”を耳にした谷口さんは、良心の呵責に苛まれた。 「事故を起こしたら大変なことになるのは明白でした。 技術者として、そんな危険な原発を造るなんてできるわけがありません。 悩んだ末、私が辞めることで何かしら警告になるのではないかと思い、会社を去ることにしたんです」 上司に辞意を伝えて自分のデスクに戻ると、耐震計算の結果がはいった3冊のバインダーがなくなっていた。 「隠ぺいが漏れないようにということからか、関連会社の仕事をいろいろ斡旋され慰留されました。 でも、続けていても飼い殺しになるだけ。きっぱり辞めることを決めました。 しかし残念ながら私の退社はまったく警告になることなく、彼らは原発建設を強行してしまったんです」 』
11/05/14 11:46:35
>>236 古い記事だね。 その後、地震に対する補強や補修は結構やったみたいよ。 停めた事は否定しないけど、どうして今なのかは疑問。 次レスに、その疑問に思った事の記事があったので貼ります。
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古トピの為、これ以上コメントできません
11/05/14 11:50:51
>>244 訴訟恐れた首相の保身 反首相勢力には「クセ球」…産経新聞 菅直人首相が中部電力浜岡原子力発電所の全面停止を唐突に打ち出した。実は原発差し止め訴訟によるダメージを恐れただけのようだが、東京電力福島第1原発事故の対応批判で「菅降ろし」に弾みをつけようとした民主党の鳩山由紀夫前首相や小沢一郎元代表は機先を制せられた。首相の保身術は思わぬ「クセ球」を生むようだ。(加納宏幸、山本雄史) 「国民のみなさまに重要なお知らせがあります。私は首相として…」緊急記者会見でこう切り出した首相はいつになく生気に満ちていた。「首相として」を何度も繰り返し、自らの決断を強調した。 だが首相が事務レベルと協議した形跡はない。首相周辺は「会見直前に決めた」と打ち明け、経済産業省幹部も「まったく知らなかった」とこぼした。 そもそも浜岡原発に関心があったわけではない。2日に福島瑞穂社民党党首から「ぜひ浜岡原発を止めてくださいね」と迫られた際は「ヒャッハッハッ…」と笑ってごまかした。 だが首相は同日夕、福島氏から弁護士グループが浜岡原発差し止め訴訟を準備していることを電話で知らされる。「次のターゲットは浜岡原発だ」。やっと気付いた首相は、海江田万里経産相に浜岡視察を命じ原発停止に動き出した。 一方、反首相勢力は小佐古敏荘東大教授の内閣官房参与辞任後、原発事故を「菅降ろし」の軸に据えつつあった。 「水による冷却を続けている限り放射能流出は止めようがない。首相は『時間がかかる』と私の言うやり方にしなかった…」鳩山氏は6日、滞在先の北京市内のホテルで記者団に自らが提案した原発の冷却方式を首相に拒否されたことへの怒りをぶちまけた。首相が「想定外」を連発したことにも「そういう言葉を政治家は使うべきではない。あらゆる状況で国民の命を守るのが政治家の責務だ」と非難した。 小沢氏も6日に珍しく記者団のぶら下がり取材に応じ「海に陸に空に地下に放射能を垂れ流している。手をこまねいて済む問題ではない。原発が制御不能に陥っている責任は政治家として重い」と断じた。 ただ「訴訟怖さ」からの決断が「けがの功名」となり、小沢氏らは戦略見直しを迫られた。 首相は6日夜、仙谷由人官房副長官と都内のホテルで中華料理に舌鼓を打った。夜の外食は東日本大震災後初めて。浜岡停止により政府は原発政策の見直しを根底から迫られかねないが、首相がそこまで先を読んだようには見えない。
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No.236 遠き春
11/05/13 23:26:53
既出ならごめんなさい。
こんな記事がありました。
『“事件”が起きたのは1972年5月だった。
数十人の設計者のうち代表3人だけで開かれた会議に谷口さんも出席していた。
そこで代表者のうちの1人がこう打ち明けたのだった。
「いろいろ計算したがダメだった。この数値では地震が来ると2号機はもたない」
担当者がダメだという最大の理由は岩盤だった。
浜岡辺りでは200年周期でマグニチュード8クラスの大地震が起きているため、岩盤が極めて脆かったという。
「浜岡の地盤はそもそも岩どころか、握りつぶすことのできる砂利の集まったシャーベットのような状態でした。
さらに、大地震による断層や亀裂ばかりでぐちゃぐちゃになっていたんです」
あまりにショッキングな報告に「建設中止もやむをえないか…」と思った谷口さんの目の前で、
先ほどの担当者がこう言った。
「データを偽装して、地震に耐えられることにする」
2号機は通産省(当時)に設置許可申請を出す直前だった。谷口さんが振り返る。
「担当者は“岩盤の強度を測定し直したら、福島原発並みに岩盤は強かったことにする”
“固有振動数はアメリカのGE社が推奨する値を採用し、共振しないことにする”
などと次々と“対策”をあげていくんです」
堂々の“偽装宣言”を耳にした谷口さんは、良心の呵責に苛まれた。
「事故を起こしたら大変なことになるのは明白でした。
技術者として、そんな危険な原発を造るなんてできるわけがありません。
悩んだ末、私が辞めることで何かしら警告になるのではないかと思い、会社を去ることにしたんです」
上司に辞意を伝えて自分のデスクに戻ると、耐震計算の結果がはいった3冊のバインダーがなくなっていた。
「隠ぺいが漏れないようにということからか、関連会社の仕事をいろいろ斡旋され慰留されました。
でも、続けていても飼い殺しになるだけ。きっぱり辞めることを決めました。
しかし残念ながら私の退社はまったく警告になることなく、彼らは原発建設を強行してしまったんです」 』
No.244 匿名
11/05/14 11:46:35
>>236
古い記事だね。
その後、地震に対する補強や補修は結構やったみたいよ。
停めた事は否定しないけど、どうして今なのかは疑問。
次レスに、その疑問に思った事の記事があったので貼ります。
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古トピの為、これ以上コメントできません
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No.245 匿名
11/05/14 11:50:51
>>244
訴訟恐れた首相の保身 反首相勢力には「クセ球」…産経新聞
菅直人首相が中部電力浜岡原子力発電所の全面停止を唐突に打ち出した。実は原発差し止め訴訟によるダメージを恐れただけのようだが、東京電力福島第1原発事故の対応批判で「菅降ろし」に弾みをつけようとした民主党の鳩山由紀夫前首相や小沢一郎元代表は機先を制せられた。首相の保身術は思わぬ「クセ球」を生むようだ。(加納宏幸、山本雄史)
「国民のみなさまに重要なお知らせがあります。私は首相として…」緊急記者会見でこう切り出した首相はいつになく生気に満ちていた。「首相として」を何度も繰り返し、自らの決断を強調した。
だが首相が事務レベルと協議した形跡はない。首相周辺は「会見直前に決めた」と打ち明け、経済産業省幹部も「まったく知らなかった」とこぼした。 そもそも浜岡原発に関心があったわけではない。2日に福島瑞穂社民党党首から「ぜひ浜岡原発を止めてくださいね」と迫られた際は「ヒャッハッハッ…」と笑ってごまかした。
だが首相は同日夕、福島氏から弁護士グループが浜岡原発差し止め訴訟を準備していることを電話で知らされる。「次のターゲットは浜岡原発だ」。やっと気付いた首相は、海江田万里経産相に浜岡視察を命じ原発停止に動き出した。
一方、反首相勢力は小佐古敏荘東大教授の内閣官房参与辞任後、原発事故を「菅降ろし」の軸に据えつつあった。
「水による冷却を続けている限り放射能流出は止めようがない。首相は『時間がかかる』と私の言うやり方にしなかった…」鳩山氏は6日、滞在先の北京市内のホテルで記者団に自らが提案した原発の冷却方式を首相に拒否されたことへの怒りをぶちまけた。首相が「想定外」を連発したことにも「そういう言葉を政治家は使うべきではない。あらゆる状況で国民の命を守るのが政治家の責務だ」と非難した。
小沢氏も6日に珍しく記者団のぶら下がり取材に応じ「海に陸に空に地下に放射能を垂れ流している。手をこまねいて済む問題ではない。原発が制御不能に陥っている責任は政治家として重い」と断じた。
ただ「訴訟怖さ」からの決断が「けがの功名」となり、小沢氏らは戦略見直しを迫られた。
首相は6日夜、仙谷由人官房副長官と都内のホテルで中華料理に舌鼓を打った。夜の外食は東日本大震災後初めて。浜岡停止により政府は原発政策の見直しを根底から迫られかねないが、首相がそこまで先を読んだようには見えない。