カテゴリ
急上昇
お年玉でモヤモヤ!子供の使い道が…
11/08/28 20:56:02
すみませんどなたか教えて。 ボルトは有名になるまで何してたの?前回いきなり世界新出したんでしょ?その前は名も知れてなくて彗星のごとく出てきたんですか?
11/08/28 21:13:53
>>725 2002年に地元ジャマイカで行われた世界ジュニア選手権で大会史上最年少(当時)の15歳で優勝。 その名を轟かせた。 更に、翌年の世界ユース選手権でも優勝し、2004年には200mで、17歳にしてジュニア史上初めて20秒を切る19秒93のジュニア世界新記録を出した。 大型新人としてアテネオリンピックには果敢に出場するも、一次予選で惨敗(21秒05で5着)、苦汁を嘗めた。 2005年に行われた世界選手権では、決勝には進んだものの、決勝で足を痛めて最下位となった。 2007年8月30日、世界選手権200m決勝において、19秒91で銀メダルを獲得する。 優勝は19秒76の大会新(当時)を記録した、100m王者のタイソン・ゲイである。 2007年9月1日、世界選手権400mリレー決勝では2走を務め、37秒89(ジャマイカ新記録(当時))で銀メダルを獲得する。 2008年にはジャマイカ国際の100mで、9秒76(世界歴代2位(当時))で優勝する。 100mでも世界トップレベルであることを証明した。 200mにおけるスタートの練習として参加したものである。 2008年5月31日にニューヨークで開催されたリーボック・グランプリ100mで、9秒72(世界新記録(当時))を記録し優勝する。 2位の世界選手権3冠王者タイソン・ゲイ(9秒85)に大差をつける。100mに本格参戦後わずか5戦目であった。 2008年8月16日、北京オリンピック陸上男子100m決勝では、レース前に、後にボルトの象徴となるポーズを見せた。 レースでは中盤から他選手を圧倒、最後の数歩を両手を広げ流して走り、フィニッシュの際も胸を手で叩く程の余裕を見せた。 それでも自らの世界記録(当時)を0秒03上回る9秒69の世界新(当時)で圧勝という、世界大会史上空前のパフォーマンスとなった。公認された記録では人類で初めて9秒6台で走った男となったが、最後まで全力で走っていれば9秒6を切れたとする発言も複数ある。
通報
古トピの為、これ以上コメントできません
11/09/04 21:28:11
>>1012 >>754←ボルト経歴
1件~1件 ( 全1件)
子育てや家事、旦那に関する悩み相談、TV、芸能人に関する雑談など何でもOK!
1
26/01/02 18:22:54
560086
2
26/01/02 18:27:05
30
3
26/01/02 18:27:53
17
4
26/01/02 18:26:57
243922
5
26/01/02 18:26:14
16
26/01/02 18:27:12
0
26/01/02 18:25:05
26/01/02 18:23:43
26/01/02 18:15:02
26/01/02 18:14:04
ママスタコミュニティはみんなで利用する共有の掲示板型コミュニティです。みんなが気持ちよく利用できる場にするためにご利用前には利用ルール・禁止事項をご確認いただき、投稿時には以下内容をもう一度ご確認ください。
上記すべてをご確認いただいた上で投稿してください。
No.725 匿名
11/08/28 20:56:02
すみませんどなたか教えて。
ボルトは有名になるまで何してたの?前回いきなり世界新出したんでしょ?その前は名も知れてなくて彗星のごとく出てきたんですか?
No.754 いきなりでも無い
11/08/28 21:13:53
>>725
2002年に地元ジャマイカで行われた世界ジュニア選手権で大会史上最年少(当時)の15歳で優勝。
その名を轟かせた。
更に、翌年の世界ユース選手権でも優勝し、2004年には200mで、17歳にしてジュニア史上初めて20秒を切る19秒93のジュニア世界新記録を出した。
大型新人としてアテネオリンピックには果敢に出場するも、一次予選で惨敗(21秒05で5着)、苦汁を嘗めた。
2005年に行われた世界選手権では、決勝には進んだものの、決勝で足を痛めて最下位となった。
2007年8月30日、世界選手権200m決勝において、19秒91で銀メダルを獲得する。
優勝は19秒76の大会新(当時)を記録した、100m王者のタイソン・ゲイである。
2007年9月1日、世界選手権400mリレー決勝では2走を務め、37秒89(ジャマイカ新記録(当時))で銀メダルを獲得する。
2008年にはジャマイカ国際の100mで、9秒76(世界歴代2位(当時))で優勝する。
100mでも世界トップレベルであることを証明した。
200mにおけるスタートの練習として参加したものである。
2008年5月31日にニューヨークで開催されたリーボック・グランプリ100mで、9秒72(世界新記録(当時))を記録し優勝する。
2位の世界選手権3冠王者タイソン・ゲイ(9秒85)に大差をつける。100mに本格参戦後わずか5戦目であった。
2008年8月16日、北京オリンピック陸上男子100m決勝では、レース前に、後にボルトの象徴となるポーズを見せた。
レースでは中盤から他選手を圧倒、最後の数歩を両手を広げ流して走り、フィニッシュの際も胸を手で叩く程の余裕を見せた。
それでも自らの世界記録(当時)を0秒03上回る9秒69の世界新(当時)で圧勝という、世界大会史上空前のパフォーマンスとなった。公認された記録では人類で初めて9秒6台で走った男となったが、最後まで全力で走っていれば9秒6を切れたとする発言も複数ある。
通報
コメント
古トピの為、これ以上コメントできません
返信コメント
No.1025 あ
11/09/04 21:28:11
>>1012
>>754←ボルト経歴