• No.25 匿名

    25/08/12 22:13:41

    本当にあんな事故で亡くなるって
    その瞬間はどんなだったのかなって
    ずっと想像しちゃうよ
    墜落する時までは生きてたのかな?
    衝撃でバラバラになっちゃったのかな
    現場は分かるのに
    遺体が見つからないって凄すぎる

  • No.28 忘れられない今日という日、空の安全祈願

    25/08/12 22:24:03

    >>25
    遺体安置所となった藤岡市民体育館 収容遺体の搬送作業は8月14日午前9時40分すぎから始まった。
    私たちが現場に行った時に自衛隊がヘリが離着陸できるヘリポートを尾根で作っていた。

    群馬県警・高崎警察署の飯塚訓氏の著作『墜落遺体御巣鷹山の日航機123便』(講談社1998年6月刊)によると、五体揃った完全遺体、上下部等の一部が残存している遺体、頭部の一部が胴体=心臓とつながっている遺体、離断遺体(頭部、顔面、または下鄂部等の一部がすべて離断している遺体および遺体の一部)に区別し、検視、確認をしたという。

    報道関係者は体育館の検視場には入れない。
    「関係者以外は立ち入り禁止」の紙が貼られている。

    入口の白いカーテンの奥に暗幕が張られ、遮断してある。
    それでもカーテンをずらして中の様子を窺うと、腐臭を和らげる線香の匂いが充満していた。
    が、モワッとした空気には遺体から発する独特の臭いが混じっている。

    机の上には棺が整然と並べられ、内科系と外科系の医師や歯科医師、看護師、警察官が棺ごとに集まって検視作業をしている。

    藤岡多野医師会所属のある医師に聞いたところ、1日目は完全遺体が多かったが、2日目は頭部、胴体、手足が離断した遺体、3日目からは炭化した遺体や手、足、顔などの部分遺体、内臓等がビニール袋に入れられてきたという。
    当然、日を追って損傷の激しい遺体が到着する。

    暗幕で検視場を囲んでいるため、体育館内部は人の体温以上の38度前後になっており、腐臭で食事をする気がしてこないし、できない。

    汗だくで夜遅くまで作業を続け、1日で2キロ以上体重が減ったこともあるという。
    「村からハエや蚊がいなくなるはずだなぁ」
    記者の一人が私の背中をたたくので、外に出ると「ちょっと、体育館の裏手を見てください」という。
    ついていくと部分遺体に看護師がホースで水をかけ、蛆虫を流していた。
    「うわぁ、すごい」
    蛆虫は見たこともないような大きさに成長していた。
    「上野村からハエや蚊がいなくなるはずだなぁ」と思った。
    事故取材は、墜落した機体だけでは一部の理解でしかない。
    こういう事実を知ることが事故全体の理解につながり、「空の安全」の大事さを痛感する。

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