• No.90 富士山

    25/07/25 04:08:20

    神風攻撃によるアメリカ輸送船ジョン・バークの撃沈



    沈没
    1944年下旬、ジョン・バークはシアトルを出港し、グアムで数日かけて弾薬を積載した[9]。弾薬はミンドロ島での作戦のために使用予定であり、100隻の船団("Uncle Plus 13" 船団という名称だった)を構成してフィリピンのレイテ湾に向かい、12月27日夜にレイテ沖に到着した[10]。

    12月28日には早朝から日本軍による攻撃が予想され警戒態勢となっていた。船団が壊滅した場合は、ミンドロ島の攻略に必要な物資が失われ、作戦行動に重大な支障が出る事が懸念されたが、悪天候のために米軍は戦闘機の護衛を付けることが出来なかった。この時6機の神風攻撃隊がセブ島から出撃していた[10]。

    8時15分、レーダーによって日本機が捕捉され、船団は回避運動を始めた[11]。船団には戦闘機の護衛がなく、6機の特攻機は雲の切れ目から船団に突入を開始した。10時20分、1機の特攻機が被弾して火を噴きつつジョン・バークの前部の2番船倉と3番船倉の間に急降下で突入し、爆発炎上した[9]。数秒のちに積載した弾薬が誘爆し、巨大なキノコ雲が生じた。強い衝撃波が発生し、ジョン・バークの直後を航行していた別の輸送船は沈没した。また衝撃波の他に飛び散った破片によって他の船舶も損傷した。衝撃波を魚雷命中と誤認して報告してくる船もあった。12時13分に天候が回復したので護衛の戦闘機が船団に配置され、その後3時間にわたって上空を警備した。

    ジョン・バークの68人乗員は全員が死亡した。乗員の内訳は、船の航行を担当する40人の船員と、対空戦闘等を担当する28人の武装米軍兵士であった。突入した特攻機は、九九式艦上爆撃機とされるが[6]、零式艦上戦闘機だとする資料もある。ジョン・バークは、神風特攻によって撃沈されたリバティ輸送船3隻の1つとなった[12]。また神風特攻隊によって撃沈された47隻のうちの1隻でもある[13]。ジョン・バークの船体はミンダナオ島の北側、ホキシル島の沖合[14]、海面下457mに沈んでいる[15]。

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