• No.142 咲良うた

    25/07/13 13:51:10

    ★嵩とのぶらが東京で取材したのは事実のエピソードあり。
    やなせさんと暢さんや編集長ら「月刊高知」のメンバーたちは高知出身の代議士・林譲治を国会議事堂で取材してました

    ☆のぶのモデル・小松暢
    暢は最初の夫の航海士・小松総一郎の死後、父の故郷だった縁で高知新聞社に入社。
    暢さんは高知新聞社初の女性記者ですね
    もう一人同期で女性記者・深田貞子がいた…ここでは小田琴子になるね
    深田さんは入社1年ほどで退職したようだよ
    深田さんの退職理由は編集局長との結婚するためだったとか
    暢さんと深田さんは退職後も生涯にわたって親交があったみたいだね

    暢さんは速記が得意だったそうです。のぶはその点も取り入れたのね。
    当時暢さんは総一郎の遺品でもあるドイツ製ライカの一眼レフカメラを使用していたそうです。
    …のぶも次郎の遺品のカメラを使うようだね
    暢さんの在籍期間は1年も満たなかったそうです。
    高知新聞社を退社して東京に来た暢さんは社会党の代議士の秘書になったそうだよ
    実際は昭和21年当時、高知出身の女性代議士は誕生してませんでした
    高知出身の女性代議士が誕生したのは1996年なので薪鉄子の明確なモデルはいないようで、当時実際に暢さんが秘書をしていた代議士は佐竹晴記という高知県出身の社会党の男性議員
    佐竹議員から暢さんは秘書にスカウトされて高知新聞社を退職したようです
    佐竹議員の秘書として2年~3年勤めて、その後は社会党が創設した「日本自転車振興会」に転職したようだよ

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