関東大震災時の朝鮮人大虐殺 へのコメント(No.7

  • No.7 長くてごめんね。

    PC

    06/01/12 15:57:22

    大震災の混乱の中、民間の自称「自警団」が、多数の朝鮮人、中国人、琉球人などを殺害した。朝鮮語では語頭に濁音が来ないことから、道行く人に「十五円五十銭」や「ガギグゲゴ」などを言わせ、うまく言えないと「朝鮮人」として殺害したとされる。中国人、琉球人の犠牲者の多くはこうした状況下で朝鮮人と間違えられて殺された。中には福田村事件のように、方言を話す地方出身の日本人も殺害された。これら殺害の犠牲者は6000名を超えるとも言われている(関東大震災80周年記念行事実行委員会編『世界史としての関東大震災』日本経済評論社、2004年)。


    陸軍の戒厳司令部将兵は、朝鮮人保護を行った。内務省警保局調査では、朝鮮人死亡231人・重軽傷43名、中国人3人、朝鮮人と誤解され殺害された日本人59名、重軽傷43名であった。朝鮮人の犯罪は、殺人2名、放火3件、強盗6件、強姦3件。

    また警察は、朝鮮人・中国人を襲撃した日本人を逮捕している。殺人・殺人未遂・傷害致死・傷害の4つの罪名で起訴された日本人は、362名に及んだ。 しかし、そのほとんどが猶予刑となり、実刑となった者も昭和天皇(当時は摂政)結婚の恩赦で釈放されたという。

    一方、警察の中にはこの混乱に乗じ、社会主義や自由主義の指導者を一掃しようとする動きがあり、大杉栄・伊藤野枝・橘宗一らが殺された甘粕事件(大杉事件)、平澤計七らが殺された亀戸事件、在日中国人指導者の王希天などの虐殺事件が起きた。

    関東大震災において「旧日本軍や警察のすべてが一丸となって朝鮮人虐殺を扇動した」と印象づけられることが、しばしばある。しかし、軍警の関与は事実としつつも、それらが一元的に指揮されたうえで扇動に加担したとは考えづらい。例えば鶴見警察署長・大川常吉は「(朝鮮人が)毒を入れたという井戸水を自分の所へ運んできてくれ。その井戸水を飲んでみせよう」と言ったとされる。

    但、大川の事例は鶴見地区の民族融和教育の一環として宣伝されている事例ですので<関係者から出版物もでている>伝聞としての事実に対して発言者の偏向があり得る点は明記しておくべき。また、当時の低所得者層が多く爆発的に人口が増えていたため当時の警察もこの地区に相当な注意を払っていたのも事実。これは1925年の鶴見騒擾事件における警備線の迅速さにも現れているといえる。
    また、一般住民・地域の中にも理性的に対応して朝鮮人を匿ったという記録も残されている。 当時早稲田の学生であった伊藤圀夫が千駄ヶ谷駅の近くまで行った際、自警団に捕まり殺されかけたが、近所の若衆の「伊藤さんのお坊ちゃんじゃねえか」の声で九死に一生を得た。芸名を千田是也とした由来(千駄ヶ谷のコレヤン)であるという。

    出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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