• No.1 西武多摩湖線

    22/02/08 15:05:45

    テレビや新聞が官邸の圧力で封じられるのもおかしすぎる。そもそも朝日新聞が森友事件をスクープし、テレビは連日安倍昭恵氏の滑稽な学園訪問映像を流したわけで、当初から官邸に抑える力はなかった。マスコミが官邸に支配されているという、陰謀論めいた思い込みに製作陣は侵されているようだ。

    とにかく、事実と違いすぎて「めちゃくちゃ」なのだ。事実の重みを軽んじている。ひょっとしたら事件の関連記事や遺族の書籍も読んでいないのかとさえ思えてしまう。

    何より改変の意図がよくわからない。それぞれの事実を変えることにどんな意義があったのか?実際には冷たく門を閉ざし続ける元理財局長が謝る場面をなぜ加えたのか。佐川氏をいい人と言いたいのだろうか?

    森友事件と遺族の裁判は、事実を並べるだけでも胸が苦しくなるしエキサイティングな展開だ。そのまま描いても十分見ごたえあるドラマになっただろう。また籠池氏の騒動もありわけがわからなくなった森友事件をこの機に整理することにもなったはずだ。わざわざ変える意味がどこにあるのか?

    もちろん事実をもとにした映画に、定型的なルールなどない。思い切り翻案した物語だってある。必ず関係者の許諾が必要とも限らない。何をどう描いても自由だ。

    でもだからこそ、何にどう留意せねばならないかはケースごとによくよく考える必要がある。自由だからこそ責任が問われる。「新聞記者」で言うと、まだ裁判は続いておりその行方に世間が注目している。事実をもてあそぶように改変することは社会的に許されないと私は思う。むしろ慎重に丁寧に物語化すべきだ。さらにこのケースで、道義的に遺族との話し合いが必須であることは言うまでもないだろう。遺族の側に立つはずの物語を、遺族の了承なく、遺族の気持ちを逆撫でする形で進めるのはどういう了見なのか。

    浅い考えで雑な進め方をしたから、大きなしっぺ返しを食らった。文春の記事の通りならほとんど河村氏と望月氏の責任と言っていいと思うが、監督や脚本陣も反省すべき点がないか、考えた方がいい。上に書いた改変をどんな理由で行ったのか、なんらか説明すべきではないだろうか。

    逆に役者たちに責任はないと言っておきたい。むしろ、それぞれが今までにない熱演を見せている。ストーリーに呆れながら最後まで飽きずに見られたのは熱演があったからだ。役者陣も社会的意義を感じていたのだろう。遺族の了承がないからと出演を断った俳優もいたらしいと記事にあるが、全員がそれほどこの件に詳しいわけではないのだから。


    続く

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