雅子さまを苦しめた「国家的マタハラ」

匿名

レバー

21/09/28 08:45:20

1996年12月、雅子さまの33歳の誕生日会見は、初めて単独で行われることになった。

その歳の雅子さまの言葉が、宮内庁の中で物議をかもした。「自分らしさ」や「新しい部分」など考える必要はない。そんなことよりも、「世継ぎの重要性」を第一に考えるべきだ……と。

この単独会見を機に、宮内庁の幹部は、雅子さまの周囲に、強い口調で迫るようになったという。

「妃殿下に、世継ぎの重要さを理解していただくよう説得していただきたい」

別の幹部は、こんな露骨な言葉を口にしたとも言われている。

「とにかく一人産んでくれればいいんだから。産んでくれれば日本経済のGDPも3%上がるわけだから」

皇太子妃を、「世継ぎを産むための道具」としか考えていない、無神経で身勝手な発言。今で言えば、立派な「マタニティハラスメント」だ。

翌1997年になると、雅子さまへの風当たりはさらに激しくなった。2月のある日、宮内庁長官が東宮御所を訪ね、いきなり雅子さまに世継ぎの話を切り出したのだ。

身体のことや夫婦間のことまで踏み込んだ発言に、雅子さまは羞恥心とショックで言葉を失くしたという。ようやく気を取り直してプライバシーについて訴えても、聞き入れてはもらえなかった。

宮内庁のトップとしては、皇位継承のために必死にならざるを得なかったのかもしれない。しかし、皇太子妃とはいえひとりの女性だ。その時の雅子さまのお気持ちを考えると、同じ女性として激しい憤りを覚える。

「雅子妃に公務は必要ない」という方向性がハッキリと打ち出され、次第に雅子さまの公務のスケジュールが減らされていった。ご成婚当時、元外交官という輝かしいキャリアや現代的な美しさで「新時代の皇太子妃」と人気を誇ったプリンセスは、国民の前に出る機会も減り、すっかり影が薄くなってしまった

子作り優先で公務も海外訪問も抑えられている雅子さまに対し、海外のメディアがこんな批判的な報道をするようになった。

「Princess in a Gilded Cage(金メッキの鳥籠の中の皇太子妃)」(米・ニューズウィーク誌 1996年 6月)
「A royal crisis, Japanese style(日本スタイルの皇室の危機)」(英・インディペンデント紙 1996年3月)」

自立した優秀な女性が、旧弊な皇室に閉じ込められ、個性や能力を封じられている

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