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天徳
三島由紀夫や寺山修司の戯曲に出演し、独特の存在感を見せる舞台俳優であり、妖艶なシャンソン歌唱などでシンガー・ソングライターとしても活躍してきた美輪明宏さん。「紅白歌合戦」では、圧倒的な歌唱力で称賛を受けましたが、実はネット上で批判があったといいます。作家の林真理子さんがネットにはびこる悪口などについて聞きました。
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【前編/美輪明宏「さすがに体力的にも無理じゃないかと」脳梗塞後の変化】より続く
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林:美輪さんは、作家や芸術家とおつき合いもあり、三島さんや寺山さんやいろんな有名人に崇拝され、そういう人のことをすべて知っているのは、美輪さんだけかもしれませんね。
美輪:それが残念なんですよね。いろんな方が亡くなってますでしょ。このあいだ「徹子の部屋」で黒柳徹子さんと「二人だけになってしまったね」という話になったんです。杉村春子さんとか水谷八重子さん(初代)とか、名女優で仲良かった人がみんな亡くなってしまったし、作家の方もいろんな方が亡くなってますしね。
林:寂聴先生はお元気ですけどね。97歳でまだ書いてらっしゃいます。
美輪:ここのところちょっとお電話で話してませんけどね。あの方は「ヨイトマケの唄」がヒットしていたころ(60年代中ごろ)、うちへインタビューにいらしたんです。それからのおつき合いです。
林:黒柳さんもまだレギュラーのお仕事をされてますし、お芝居にもお出になりますね。
美輪:あの方も頑張ってやってますからね。芸能界に入ったのは私のほうが2年早いんです。昭和26年で、黒柳さんは女優志願で28年にNHKにオーディションで入って、一緒に出たのは「夢であいましょう」(61~66年)です。坂本九ちゃんなんかと。
林:はい、見てました。
美輪:主役らしい主役がいなくて、みんなが主役であり脇役でもあってね。九ちゃんが私の「ヨイトマケの唄」を歌わせてくれと言ってきて、私以外の人間が歌ったのは、彼が最初だったんですよ。それから槇原敬之君とか石川さゆりちゃんとか、いろんな人が「歌いたい」と言ってきて。
林:「夢であいましょう」で、たしかもう一つ美輪さんの歌がありましたよね。「♪デュヤデュヤデュヤ~ある日あいつが……」とかいう。
美輪:ああ、「誰も」(副題「あいつのためのスキャットによる音頭」)という歌ですね。
林:あれも歌ってほしいなと思うんです。
美輪:あれは4分の5拍子なんですよ。4分の5拍子なんて「テイク・ファイブ」という曲があるだけでね。中村八大さんがつくったんです。八ちゃんに「これ、頼むね」と言われて、見たら4分の5拍子で、それを初見で録音するって言うんです。「ちょっとカンベンしてよ」「いや、あんただったらできるよ」と言うので、しょうがないからやったら、おかげさまで評判がよかったんです。それでしばらくのあいだ「夢であいましょう」で歌ってました。
林:美輪さんが歌うと、皆さんが盆踊りみたいに太鼓の周りで踊りながら歌うというすごく不思議な歌でした。一度聞くと忘れません。あの歌、「紅白」で歌ってほしいですよ。
美輪:もう忘れちゃいました。あのころはいろいろ冒険させてもらいました。いろんな方とお近づきになりましたから、まあ、幸せな人生だったのかなとは思ってますね。林さんももちろんですけど。
林:とんでもないです。私なんかザコのザコですけど、歴史に残るような人たち、三島由紀夫さんだとか谷崎潤一郎さんだとか……。
美輪:谷崎潤一郎さんは、私、存じ上げてないんです。「大阪へ来てくれ」というお話は来ましたけど、「用があるならそちらからいらっしゃい」ということで(笑)。だからお会いしてないんです。川端康成さん、野坂昭如さん、遠藤周作さん、吉行淳之介さん……。
林:“美輪明宏”というサロンに皆さんが集ったわけですね。
美輪:五木寛之さんも、銀座でお勤めしてらしたときに「銀巴里」(銀座にあったシャンソン喫茶)へよくお寄りになって、きれいな可愛い女の子の歌い手がいたので、「あの子をお目当てでいらっしゃるの?」って聞いたら、私を指して「ですよ」って(笑)。
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