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嫌味ばかり言ってくる実母、どう返す?
17/10/31 11:08:04
(>>26の続き) ――若狭さんの「次の次」という発言の真意は? 「小池さんが衆議院選に出るという期待が高まっていたが、公示日直前になって、候補者名簿に小池さんの名前がないとなった時にずーっと高まっていた期待がトーンダウンして、冷えてしまうというのはきわめてリスクが高いと思っていました。戦略的に10月1日のNHK番組で『次の次』とあえて言ったのは、期待が高まるのを少しトーンダウンさせ、リスク管理として戦略的に言いました」 ――小池さんからの指示だった? 「いえ、私の独断。それを事前に言ったら『そんなのダメよ、言わないで』と言うに決まっているから。あの頃は、私も財界の人から『小池さん、出さなきゃダメだよ』という電話をもらったりもしていた。そういう高まりがあった。それで出ないとわかった時にその落ち込みってジェットコースター並みでしょう」 ――小池さんとしては出馬の期待を盛り上げていきたいと思っていた? 「そういう戦略だったんだろうと思いますが、政権交代ができるかどうかというのは、民進党をそのまま合流させるか、もしくは小池さん自身が選挙に出るしかなかったんです。2つの条件のどちらかが満たされないと無理だと思っていた。私が『次の次』と言ったら、『若狭は政治的に未熟だ』と批判されましたが、僕は戦略的に考えていた。私は検事を30年近くやっていて特捜部で政治を扱っていたからそんな戦略なくして言わないですよ」 ――発言後、小池さんからは何か言われましたか? 「ああいう話はしないでという趣旨の注意は電話で言われました。でも、小池さんは自分が出馬しないことを前提に方針を打ち出した方がよかったと私は今でも思っています。『急がば回れ』です。あくまで小池さんは小池さんの考え方があるので、一応のシグナルは出したので、それ以上のことは言わなかった」 ――小池さんが一人で9月25日に会見し、これまでの経緯を「リセット」し、希望の党を設立すると宣言したとき、若狭さんは携帯電話が壊れていたので、知らなかったと説明されていましたが、あれはアドリブですか? 「もともと新党というのは小池さんと僕で作ろうということで進めてきて、小池さんが代表になるということ自体は半分くらい折り込み済みだった。それまで私と細野(豪志)さんがやっている枠組みをリセットして、小池さんが単独代表でやるという枠組みにしますよ、という意味なので、私自身はぜんぜん違和感がなかった。世論調査で希望の党がかなり高い支持を示していたので、自分が代表になるとより一層、大きな期待を集められると判断したのだと思います」 ――会見をすることは事前に聞かされていなかった? 「小池さん自身がそれをやろうと決めたのはたぶん、前日じゃないかな。僕は希望の党の設立届けを26日に出すべく作りあげていたので、もし、小池さんが前々から代表をやると思っていたのであれば、もうちょっと待ってほしいとなるわけです。小池さんが会見し、設立届けの代表者を急遽、変えたので」 ――最初の設立届けの代表は若狭さんになっていた? 「……。いずれにしても、内容は違った。小池さんは直前に決めたんだと思いますよ」 ――次の次発言の注意の後にテレビに出るなとは言われなかったですか? 「一回も言われていませんよ」 続く
17/10/31 11:10:34
(>>27の続き) ――前原さんと小池さんとの話し合いでは前原さんは全員合流と思ったという話ですが、真相はどうなのですか? 「2人だけの話なので僕は詳しくは知らないですけど、少なくともボタンの掛け違いというか、認識の違いはあったと思います。前原さんは全員合流と言っていたが、小池さんは民進党全員を受け入れることは『さらさらない』と強調していました。前原さんは全員合流ということを強く言うからこそ、出た小池さんの言葉だと思います。前原さんは小池さんに選挙に出てほしいと思っていたんでしょうけど、小池さんは最初から出る気はなかったと思います」 ――当初から全員合流という構想だったのですか。 「基本的なスタンスはそうですね。全員合流を前提とした話だった。僕と玄葉さんは当初はそう話していましたから。排除発言については小池さん自身が驕りがあったかもしれないと言っている。驕りがあったかもしれないというのは政治家にとって結構、重みのある言葉なので、しっかりと今後やっていくかという意思表示だと思う。都知事の仕事は投げ出すわけにはいかないという強い思いがあるからこそ選挙には出なかった。これからはよりいっそう、力を入れて都知事の仕事をやっていかれると思います。小池さんの支持が下がっても、リカバリーは可能だと思います」 ――これまでの若狭・小池劇場は終幕ですか? 「私はいったん、政治活動は退きます。あとは小池さんを後方支援するということは考えています」 ――他の候補者から供託金返せという話はないですか? 「供託金の処理は今後、党の方でどうするか考えた方がいいんじゃないですかね。僕は党の内部の人間ではなくなっているので。党員届けとか出しているわけでもないし」 ――これからどうされますか? 「弁護士に戻ります。選挙はたぶん出ないです。今の時点では少なくともそう思っています。責任をとるというよりも、今後は議員以外のところで国のことを考えていきたい。元気は元気ですよ。人生を引退するわけじゃないですから」 (聞き手/本誌 上田耕司) ※週刊朝日オンライン限定記事 https://dot.asahi.com/wa/2017103000016.html?page=1
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ママスタコミュニティはみんなで利用する共有の掲示板型コミュニティです。みんなが気持ちよく利用できる場にするためにご利用前には利用ルール・禁止事項をご確認いただき、投稿時には以下内容をもう一度ご確認ください。
上記すべてをご確認いただいた上で投稿してください。
No.27 主 2/3
17/10/31 11:08:04
(>>26の続き)
――若狭さんの「次の次」という発言の真意は?
「小池さんが衆議院選に出るという期待が高まっていたが、公示日直前になって、候補者名簿に小池さんの名前がないとなった時にずーっと高まっていた期待がトーンダウンして、冷えてしまうというのはきわめてリスクが高いと思っていました。戦略的に10月1日のNHK番組で『次の次』とあえて言ったのは、期待が高まるのを少しトーンダウンさせ、リスク管理として戦略的に言いました」
――小池さんからの指示だった?
「いえ、私の独断。それを事前に言ったら『そんなのダメよ、言わないで』と言うに決まっているから。あの頃は、私も財界の人から『小池さん、出さなきゃダメだよ』という電話をもらったりもしていた。そういう高まりがあった。それで出ないとわかった時にその落ち込みってジェットコースター並みでしょう」
――小池さんとしては出馬の期待を盛り上げていきたいと思っていた?
「そういう戦略だったんだろうと思いますが、政権交代ができるかどうかというのは、民進党をそのまま合流させるか、もしくは小池さん自身が選挙に出るしかなかったんです。2つの条件のどちらかが満たされないと無理だと思っていた。私が『次の次』と言ったら、『若狭は政治的に未熟だ』と批判されましたが、僕は戦略的に考えていた。私は検事を30年近くやっていて特捜部で政治を扱っていたからそんな戦略なくして言わないですよ」
――発言後、小池さんからは何か言われましたか?
「ああいう話はしないでという趣旨の注意は電話で言われました。でも、小池さんは自分が出馬しないことを前提に方針を打ち出した方がよかったと私は今でも思っています。『急がば回れ』です。あくまで小池さんは小池さんの考え方があるので、一応のシグナルは出したので、それ以上のことは言わなかった」
――小池さんが一人で9月25日に会見し、これまでの経緯を「リセット」し、希望の党を設立すると宣言したとき、若狭さんは携帯電話が壊れていたので、知らなかったと説明されていましたが、あれはアドリブですか?
「もともと新党というのは小池さんと僕で作ろうということで進めてきて、小池さんが代表になるということ自体は半分くらい折り込み済みだった。それまで私と細野(豪志)さんがやっている枠組みをリセットして、小池さんが単独代表でやるという枠組みにしますよ、という意味なので、私自身はぜんぜん違和感がなかった。世論調査で希望の党がかなり高い支持を示していたので、自分が代表になるとより一層、大きな期待を集められると判断したのだと思います」
――会見をすることは事前に聞かされていなかった?
「小池さん自身がそれをやろうと決めたのはたぶん、前日じゃないかな。僕は希望の党の設立届けを26日に出すべく作りあげていたので、もし、小池さんが前々から代表をやると思っていたのであれば、もうちょっと待ってほしいとなるわけです。小池さんが会見し、設立届けの代表者を急遽、変えたので」
――最初の設立届けの代表は若狭さんになっていた?
「……。いずれにしても、内容は違った。小池さんは直前に決めたんだと思いますよ」
――次の次発言の注意の後にテレビに出るなとは言われなかったですか?
「一回も言われていませんよ」
続く
No.28 主 3/3
17/10/31 11:10:34
(>>27の続き)
――前原さんと小池さんとの話し合いでは前原さんは全員合流と思ったという話ですが、真相はどうなのですか?
「2人だけの話なので僕は詳しくは知らないですけど、少なくともボタンの掛け違いというか、認識の違いはあったと思います。前原さんは全員合流と言っていたが、小池さんは民進党全員を受け入れることは『さらさらない』と強調していました。前原さんは全員合流ということを強く言うからこそ、出た小池さんの言葉だと思います。前原さんは小池さんに選挙に出てほしいと思っていたんでしょうけど、小池さんは最初から出る気はなかったと思います」
――当初から全員合流という構想だったのですか。
「基本的なスタンスはそうですね。全員合流を前提とした話だった。僕と玄葉さんは当初はそう話していましたから。排除発言については小池さん自身が驕りがあったかもしれないと言っている。驕りがあったかもしれないというのは政治家にとって結構、重みのある言葉なので、しっかりと今後やっていくかという意思表示だと思う。都知事の仕事は投げ出すわけにはいかないという強い思いがあるからこそ選挙には出なかった。これからはよりいっそう、力を入れて都知事の仕事をやっていかれると思います。小池さんの支持が下がっても、リカバリーは可能だと思います」
――これまでの若狭・小池劇場は終幕ですか?
「私はいったん、政治活動は退きます。あとは小池さんを後方支援するということは考えています」
――他の候補者から供託金返せという話はないですか?
「供託金の処理は今後、党の方でどうするか考えた方がいいんじゃないですかね。僕は党の内部の人間ではなくなっているので。党員届けとか出しているわけでもないし」
――これからどうされますか?
「弁護士に戻ります。選挙はたぶん出ないです。今の時点では少なくともそう思っています。責任をとるというよりも、今後は議員以外のところで国のことを考えていきたい。元気は元気ですよ。人生を引退するわけじゃないですから」
(聞き手/本誌 上田耕司)
※週刊朝日オンライン限定記事
https://dot.asahi.com/wa/2017103000016.html?page=1
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