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<教えて>成城石井で美味しいもの
15/12/21 01:56:07
「桐生操さんの本を読んでいます」(yahoo!知恵袋) http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1192902121 ・ベストアンサー 桐生操さんの本は、とってもおもしろくて、私も大好きなんですが、あくまでも創作が多分に入っているものなので、タイトル通りに、たとえば、これが本当のグリム童話なんだと思ってとらえてしまうと、それは間違いになってしまいます。 「○○だったのだ」と言い切る表現をとっている部分でも、まるっきりの嘘や創作を真実として断言しているわけではないのですが、「○○という説がある。 △△という説もある。××という説もある。」という事柄について、「○○である。」と言いきってしまっていたりすることかあります。 「本当は怖いグリム童話」の場合、グリム童話に取りあげられた民話の代表的ないくつかは大概みんな、「類話」というようないくつかの変形バージョンを持っています。 その物語が伝えられた地方や時代によって、アレンジされたり、別の似通った話と統合されたりしながら伝えられていて、その影響や関係性を簡単にはひもとけない部分があります。 でも、「残酷な姿を持つ昔話をとりあげる」というコンセプトのもとで、「類話の中でとくにショッキングなもの」を、あたかもそれが「原作」であるかのような誤解を招きかねない紹介のしかたをしてしまっている面があります。 一部の研究者が提唱した一説を、「定説」のようにもとれる言い方で紹介していることも。 ですから、桐生操さんの本で語られている物語は、「こういうとらえかたもできる」「そういう解釈もありえる」「このような形の類話も存在する」という範囲で楽しむべきものであって、「信憑性」という点でいえば、「○○である」という言い切りであろうが、「○○だとか」という曖昧な表現であろうが、手放しに真説としてとらえてしまってはどちらも誤解になります。 あれは、「学術書」ではなくて「小説」ですから。 民俗学、民話研究の分野の最近の本を読んでいると、よく桐生作品について触れている部分にあたります。 著者たちは、桐生作品の読み物としてのおもしろさは讃えていながら、「本当は○○な・・・」というタイトルについては、内容の解釈上誤解を与えると批判的な意見をのべています。 なので、「○○だとか・・・。」という部分だけではなくて、全体的に、「おもしろい小説」と思って読んだ方が正しいものです。 ねもはもないことを言っているわけではないので、いいかげんなゴシップよりは実があるものだとは思いますが。全体的に「これが原作の姿」というふうには鵜呑みにすべきでないものです。
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古トピの為、これ以上コメントできません
15/12/21 02:42:55
>>62長い邪魔
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No.62 匿名
15/12/21 01:56:07
「桐生操さんの本を読んでいます」(yahoo!知恵袋)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1192902121
・ベストアンサー
桐生操さんの本は、とってもおもしろくて、私も大好きなんですが、あくまでも創作が多分に入っているものなので、タイトル通りに、たとえば、これが本当のグリム童話なんだと思ってとらえてしまうと、それは間違いになってしまいます。
「○○だったのだ」と言い切る表現をとっている部分でも、まるっきりの嘘や創作を真実として断言しているわけではないのですが、「○○という説がある。
△△という説もある。××という説もある。」という事柄について、「○○である。」と言いきってしまっていたりすることかあります。
「本当は怖いグリム童話」の場合、グリム童話に取りあげられた民話の代表的ないくつかは大概みんな、「類話」というようないくつかの変形バージョンを持っています。
その物語が伝えられた地方や時代によって、アレンジされたり、別の似通った話と統合されたりしながら伝えられていて、その影響や関係性を簡単にはひもとけない部分があります。
でも、「残酷な姿を持つ昔話をとりあげる」というコンセプトのもとで、「類話の中でとくにショッキングなもの」を、あたかもそれが「原作」であるかのような誤解を招きかねない紹介のしかたをしてしまっている面があります。
一部の研究者が提唱した一説を、「定説」のようにもとれる言い方で紹介していることも。
ですから、桐生操さんの本で語られている物語は、「こういうとらえかたもできる」「そういう解釈もありえる」「このような形の類話も存在する」という範囲で楽しむべきものであって、「信憑性」という点でいえば、「○○である」という言い切りであろうが、「○○だとか」という曖昧な表現であろうが、手放しに真説としてとらえてしまってはどちらも誤解になります。
あれは、「学術書」ではなくて「小説」ですから。
民俗学、民話研究の分野の最近の本を読んでいると、よく桐生作品について触れている部分にあたります。
著者たちは、桐生作品の読み物としてのおもしろさは讃えていながら、「本当は○○な・・・」というタイトルについては、内容の解釈上誤解を与えると批判的な意見をのべています。
なので、「○○だとか・・・。」という部分だけではなくて、全体的に、「おもしろい小説」と思って読んだ方が正しいものです。
ねもはもないことを言っているわけではないので、いいかげんなゴシップよりは実があるものだとは思いますが。全体的に「これが原作の姿」というふうには鵜呑みにすべきでないものです。
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コメント
古トピの為、これ以上コメントできません
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No.64 匿名
15/12/21 02:42:55
>>62長い邪魔