• No.5 匿名

    15/11/04 16:40:54

    坂本弁護士の母の意見陳述に涙が止まらなかった
    スポーツ報知 11月4日 12時11分配信

     裁判を傍聴していて、涙が止まらなかったことが、一度だけある。

     1996年3月22日、坂本堤弁護士の遺族が、オウム真理教と松本智津夫(教祖名・麻原彰晃)被告(当時)らを相手に総額4億9000万円の損害賠償を求めた民事訴訟で、坂本弁護士の母・さちよさんが意見陳述に立ったときのことだ。

     前年の95年3月、オウムは地下鉄サリン事件を引き起こした揚げ句、教祖を始め多くの信者が逮捕された。明るみになった数々の凶悪事件の事実。そんな中、坂本弁護士と妻・郁子さんの遺体は同年9月6日にそれぞれ新潟県と富山県で、長男・龍彦ちゃんはその4日後に長野県の山中で発見された。89年の事件当時、坂本弁護士は33歳、郁子さんは29歳、龍彦ちゃんは、わずか1歳だった。

     一家の救出活動では先頭に立って街頭で呼びかけていたさちよさんが、初めて法廷に立つ。肉声を聞き漏らすまいと、傍聴席は報道関係者でいっぱいだった。

     陳述書を書こうとしたが、うまくまとまらなかった、と法廷で話したさちよさん。書面は持たず、時に身ぶり手ぶりを交えながら、天井を見上げながら、幼い頃からの息子の思い出を、記憶だけを頼りに裁判官に語り出した。

     「堤はほっぺたが膨らんだ、太った丈夫な子でした。やっと言葉がしっかり話せる歳になってから『お母さん、ボクはこんなふうにかわいいよ』と言って、私の頬にしっかりと頬をつけた」

     法廷にさちよさんの声が響く。「遺体が見つかった時、私は堤の顔を見る勇気がなかった。頬をすり寄せる勇気がなかった。やっぱりその姿を見ることは出来なかった」息子を、孫を、お嫁さんを、突然奪われた母親の心情。最後は涙声だった。「お金よりも、堤たち3人を戻してほしいです。3人に、帰ってきてほしいです」

     静まりかえる法廷で、鼻をすすりながら必死にメモだけは取った。ふと傍聴席を見渡すと、周りもみな、目を真っ赤にしながらペンを走らせていた。あんなに重苦しい雰囲気に包まれた裁判はあれ以来、経験したことがない。

     11月4日。坂本弁護士一家が殺害されてから、26年になる。

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