日本の酷さが世界に へのコメント(No.233

  • No.67 落ち着け!誤解がある

    12/12/22 01:38:14

    >>53の訂正版。
    長いから抜粋する。

    彼女自身の言葉で: NPR (米国営ラジオ) インタビュー
    2010年11月20日

    「アンブロークン:第二次大戦時のサバイバル・不屈・贖罪の物語」
    ローラ・ヒレンブランド(公式ウエブサイト)より

    今回彼女は、米空軍の兵士になった元オリンピック陸上選手―そしてその真の栄誉は競技場から遠く離れた地での試練と忍耐そして強い意思の結果であった。
    第二次大戦で爆撃手だったザンペリーニを追う。

    ヒレンブランドは、ザンペリーニがカリフォルニア州トーランスでの子供時代、押さえようもないほどのエネルギーに溢れた子供として知られていた、とNPR (米国営ラジオ) のスコット・サイモンに語る。
    その元気さは、やがて彼をオリンピック選手にまでするのだが、時として、非行まがいの行動にも走らせたという。

    ○飛行士、海に墜落

    真珠湾攻撃の後、ザンペリーニは爆撃手になり、第二次大戦太平洋戦線で戦う。
    当時の爆撃機には技術的問題があり航行能力が限られていたため、その結果、交戦中でなくてもザンペリーニは危険に晒されていた。
    (中略)
    ザンペリーニと仲間の捕虜は、肉体的虐待そして生体実験の対象にもなったという。
    その多くの残虐行為は、捕虜の間で「Bird」 として知られた、ワタナベ・ムツヒロによって為された。
    (ワタナベは自分のことを話題にされるのを嫌ったので、捕虜たちは日本人監視それぞれにあだ名を付けていたと、ヒレンブランドは説明する。)

    ワタナベは美男子で裕福で、日本社会では上流階級出身の若者だった。
    しかし彼は将校になり損ねており、その恨みが、捕虜特にザンペリーニに対する虐待を煽る一因となっていた。

    「彼は、将校の捕虜、民間人として成功していた者、そして反抗的な者に執着していました。」とヒレンブランドは言う。

    「ルイは将校で、中尉で、そして世界的に有名なオリンピック選手で、激しいほどに反抗的でした。この二人が出会ったからには、それは多かれ少なかれ、戦争終結まで続く対決となったのです。」

    「ワタナベは、見せしめのためにザンペリーニに恐ろしい残虐行為を加えました。ついにザンペリーニと仲間の捕虜たちは、彼を殺す計画を立てたのです。」 
    その計画は捕虜たちにとって、問題解決としてではなく、方法として重要な意味を持っていたと、ヒレンブランドは説明する。
    続くよ

  • No.233 受け取り方次第だけど

    12/12/23 11:24:20

    >>67 遭難してるのを助けて手厚く保護した事を略さないで欲しかった。
    段々戦況悪化して食糧事情が厳しくなって握り飯一つになっていったんだろうと思う。
    日本の軍人も捕虜になって虐待されて最期は処刑された人が沢山居るのに、赦しがどうとか何かモヤッとする。

コメント

古トピの為、これ以上コメントできません

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返信コメント

  • No.234 そうだね

    12/12/23 11:29:22

    >>233多分だけどトピタイトピ文が余りにも偏ってるから、その誤解を否定する事に集中したからかも。どちらにしても、この映画の完成までは、まだまだ時間もかかる。
    とりあえず、このトピは自然に下げてしまえば良いんじゃない?
    完成してから語る方が建設的だし。

  • No.235

    12/12/23 11:31:58


    >>234
    >>233
    同じ人が書いたような感じの文だね。改行とか

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