【不倫】卒業した人、したい人【浮気】

  • 友募・馴れ合い
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    • 新桂沢ダム
      18/05/27 07:14:54

    吉丸一昌閲『歌詞評釈』第三学年用
    (大正元年9月20日発行、共益商社書店)=教師向け公認解説書

    語句註解

    ●百年この方 とは、應仁頃より足利幕府の政はいよいよ破綻を來して天下大騒動となつたのであるから、その頃からかけて秀吉が天下を鎮めるまでは都合百年位經たのである。

    ●千なり瓢箪 秀吉の馬標。第十五の四十五枚にはその畫も出て居る、

    ●太閤 關白の職を其子に譲りて後の稱。秀吉は天正十九年秀次に關白職を譲つて、かく稱したのである。

    ●餘力を用ひて朝鮮攻むれば 餘力は餘りの力。太閣は應仁亂後諸國に大名小名が澤山思ひ思ひに土地の奪ひ合ひをして居たのを、皆平定してしまつた、その勢力を今度は外國征伐に向けたのである。

    ●八道 朝鮮は八つに分つて居る、即ち全羅道、慶尚道、忠清道、江原道、京畿道、黄海道、平安道、鏡咸道である。

    ●四百餘州 今は支那本部は十八省、満洲は三省と分つて居るが、四百餘州の語は随分舊い時からの呼び名である。蓋し後漢の光武帝の時、天下を四百州に裁省すといふ事があるから、この時からのことと思ふ。我邦のものには既に太平記に四百餘州の語が出て居る。太閣朝鮮征伐は明の亡びる前七代の神宗帝の世であつたが、昔からの云ひ慣はしに從つて、やはり四百餘州を云つたのである。

    朝鮮征伐は二回で、初めは文祿元年、次ぎは慶長二年、而してその後、三百有餘年を經て明治四十三年八月、韓國併合條約成りて、朝鮮は全く我統治に歸したのである。

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