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>>764続き
その他の実践も似たりよったりで、夫婦別姓を賛美したり、現行の結婚制度や戸籍制度を批判したりといったものが多い。
その中でも突出しているのが、「三歳児神話を問う」という授業である。
狙いは「子供は三歳までは大切な時期だから母親が育てるべきだという、いわゆる゛三歳児神話゛があるが、親の労働権を保証されるためには保育所が必要であるため、保育所の実態と意義を伝える」ことだという。
授業では、保育園は何の問題もない良い所であると教えるのたが、この教師がそう思うに至った経緯がふるっている。
この教師は以前に、自分の子供を保育所に預けていると生徒に言ったら、「子供がかわいそう」と言われ、「゛母親゛の感覚が甦り」「いますぐ子供を抱きしめたい衝動にかられた」そうである。
しかし、五歳の子供に聞いたら、保育所が好きだと答えた。
理由は、おもちゃや先生を独占できるからだという。
たったこの一言だけで「子供への少しの負い目は完全にふっきれ」、「三歳児神話は家事を女に押し付け、福祉を安上がりにするための仕組みである」ことを見通してしまうのである。
何という短絡さなのか。
三歳児神話の是非を問うには、膨大なデータと学問的な検証が必要であろう。
それを子供の一言だけで都合よく解釈してしまうのだから呆れるばかりである。
この女教師の文章には
―社会的には女性の個人としての労働権が認められていない。
親が子どもを預けて自分のことをする権利がある。
等、゛権利゛という言葉が頻出する。
その反面、育児や家事は
―女が経済的生活力を捨て、犠牲を払う。
ことであるとして、母性による行為を否定する。
女性として生まれ、子宝に恵まれながらも、働くことのみを優先する一面性には薄ら寒いものを感じてしまう。
続く- 0
16/01/07 21:18:50