幼稚園バスごと津波に… へのコメント(No.71

  • No.69 匿名

    11/04/06 01:08:21

    東日本大震災で壊滅的な被害を受けた岩手県大槌町の大槌保育園。
    園舎も避難場所も津波に襲われたが、保育士らの必死の避難で園児を守った。
    八木沢弓美子園長(45)によると、地震発生時は昼寝が終わったばかり。園児約100人はパジャマのまま防災ずきんをかぶり外に出た。向かったのは国道沿いの小高い丘にあるコンビニ。
    保育園は、津波浸水想定区域のぎりぎり外にあるこのコンビニを独自の避難場所と決めていた。
    八木沢さんはコンビニ店内で、迎えに来た親に園児のうち約70人を引き渡し、外を見た。
    「家の屋根をたくさん浮かべた高い波」が迫ってきた。「怖い、怖い」と泣きじゃくる園児ら。
    覚悟を決めた。「山に逃げよう。先生のそばにいれば大丈夫」
    国道は逃げる人や車で大渋滞。八木沢さんらは、1歳から年長まで残っていた園児30人を散歩用の台車に乗せて車道を駆け上がり約300メートル先の山のふもとへ。
    近くのスーパー従業員約30人も避難していた。
    さらに津波が迫ってきた。もう考えているひまはなかった。目の前には30度を超えるような急斜面。でも登るしかない。八木沢さんら女性保育士20人と男性保育士1人、さらにスーパー従業員の男女が手分けして園児をおんぶし、斜面に張り付くように四つんばいになって、切り株や木に手をかけて登り始めた。上へ、上へ。
    必死だった。登りながら振り返った。大槌湾から押し寄せる波が、コンビニと園舎、指定避難所の空き地に向かう道路をのみこんでいった。
    山頂は雪。眼下で火事も起きていた。歩いてふもとに下りたのは真夜中だった。
    コンビニで親に引き渡した園児のうち9人が、死亡または行方不明になっていた。最後に引き渡した女児は、乗用車の中で防災ずきんをかぶった姿のまま遺体で見つかった。
    「あそこで引き渡さなければ、あの子は助かったんだろうか」。
    八木沢さんは保育士を辞めようと思い詰めたが、保護者の声に支えられ保育園再開のために汗を流そうと決めた。亡くなった子供や親の分まで、自分にできることを精いっぱいやるつもりだ。(抜粋)

  • No.71 匿名

    11/04/06 02:46:21

    >>69凄い 亡くなった子がいるのは悲しいけど命預かる側も凄いよ

コメント

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