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【辻希美】最新YouTube「くら寿司爆食」に反響!子守で物議?
13/01/28 19:53:00
これも中国関連なんで。長いです。 「対日包囲」の先頭に立つメルケル独首相 フォーサイト 1月28日(月)16時29分配信 日独関係と言うと、戦前・戦中の枢軸構築の記憶も手伝い、今も友好的な雰囲気が続いているかのような漠とした印象があるかもしれないが、所詮、国際社会とは国家と民族が自らの利得を求めて渡り合う、生き馬の目を抜く世界にほかならない。 欧州危機に一服感が漂う中、メルケル・ドイツ首相は「アベノミクス」の柱である金融緩和策に非を鳴らし、これに歯止めを掛ける「対日包囲」の先頭に立つ決意を明らかにした。 ドイツ指導部は、安倍政権・日銀の大規模な金融緩和による円安誘導を「為替操作」と断じ、切り下げ競争という名の「世界通貨戦争」を誘発するとの懸念を表明。 2月半ばにモスクワで開催される20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で、「日本問題」を重要議題として取り上げる構えだ。 日本は金融政策を巡り、欧州勢を率いるドイツとぶつからざるを得ない雲行きになってきた。 世界の政財界指導者が一堂に会するダボス会議でメルケルが発した対日批判は歯に衣着せず、大国の指導者としては異例の言葉遣いだった。 演説の後、質疑に応じたメルケルは、為替操作について聞かれ、「日本を見た場合、懸念がないわけではない」と明言した。 「中央銀行は政治の間違った決断の尻拭いをする清掃人ではないし、経済競争力の欠落を埋め合わせるような存在でもない」と述べ、これまでの政治的失策のツケを日銀に支払わせるのは間違いだという立場を鮮明にした。 今年秋の総選挙で3選を目指すメルケルにしてみれば、景気のさらなる悪化は避けたい。 せっかく欧州危機が小康状態を迎えたと言えるまでになった局面で、円安によってドイツの頼みの綱である輸出に悪影響が出る恐れをメルケルは深刻に受け止めている。 中央銀行が国債などを購入する金融緩和策は、リーマン・ショック後の金融危機後、米連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中銀(ECB)も実施し、日銀はむしろ大きく出遅れているとされるが、メルケルの解釈では、ECBの金融緩和は為替操作には当たらないのだという。 メルケルは欧州危機に際してECBが発揮した危機克服能力について、「ECBは為替操作に手を染めず、持てる権限のぎりぎりの力を出してくれた」と絶賛してみせた。 つづく
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古トピの為、これ以上コメントできません
13/01/28 19:56:38
>>1556 ダボス会議でのメルケルの一連の発言では、中国を評価しつつ、返す刀で日本を斬り捨てる論法も気になった。 メルケルは「G20の場で、政治的影響の下の為替操作という極めて機微な問題を議論したが、中国政府はこの問題にかなり多く答えてくれた。 中国は国際社会がともに対処する可能性について、それまでと異なる為替レート政策をもって応じてくれた」と評価し、それに続けて「だが日本には懸念がある」と畳みかけた。 要は、中国は国際社会の要請を受けて人民元改革に乗り出したのだから、日本も中国を見習い、他国を犠牲にするような円安政策を放棄せよと要求したのだ。 中国こそ為替操作国の大本だという認識が一般的な中で、メルケルが中国に捧げた賛辞を怪訝に思う向きも多かろう。 が、1990年代以降、ドイツと中国の戦略的互恵関係は拡大しており、メルケルにしてみれば、この程度のリップサービスを出し惜しみする理由はない。 メルケルは既に6回、中国を訪問している。 首相就任後、ほぼ毎年1度、北京詣でにいそしんでいる計算になる。 ドイツの対中輸出は2004年から11年までの7年間で200%超の増加となっており、中国市場は文字通り、輸出立国ドイツの「生命線」となっている。 ロシアのプーチン大統領と相性が悪いメルケルは、ロシアに距離を取り、かわりに中国との関係を深めることで国連安保理への影響力行使も図っている。 そうした中国への配慮が今回の対日批判でもつい、にじみ出てしまったようだ。 執筆者 佐藤伸行 時事通信外信部次長兼編集委員。 1960年山形県生れ。85年早稲田大学卒業後、時事通信社入社。90年代はハンブルク支局、ベルリン支局でドイツ統一プロセスとその後のドイツ情勢をカバー。98年から2003年までウィーン支局で旧ユーゴスラビア民族紛争など東欧問題を取材した。 07年から09年までワシントン支局勤務をへて現職。
13/01/28 21:46:07
>>1556これと同じ記事 どっかのトピで読んだなぁ
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No.1556 ちょっとズレるけど
13/01/28 19:53:00
これも中国関連なんで。長いです。
「対日包囲」の先頭に立つメルケル独首相
フォーサイト 1月28日(月)16時29分配信
日独関係と言うと、戦前・戦中の枢軸構築の記憶も手伝い、今も友好的な雰囲気が続いているかのような漠とした印象があるかもしれないが、所詮、国際社会とは国家と民族が自らの利得を求めて渡り合う、生き馬の目を抜く世界にほかならない。
欧州危機に一服感が漂う中、メルケル・ドイツ首相は「アベノミクス」の柱である金融緩和策に非を鳴らし、これに歯止めを掛ける「対日包囲」の先頭に立つ決意を明らかにした。
ドイツ指導部は、安倍政権・日銀の大規模な金融緩和による円安誘導を「為替操作」と断じ、切り下げ競争という名の「世界通貨戦争」を誘発するとの懸念を表明。
2月半ばにモスクワで開催される20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で、「日本問題」を重要議題として取り上げる構えだ。
日本は金融政策を巡り、欧州勢を率いるドイツとぶつからざるを得ない雲行きになってきた。
世界の政財界指導者が一堂に会するダボス会議でメルケルが発した対日批判は歯に衣着せず、大国の指導者としては異例の言葉遣いだった。
演説の後、質疑に応じたメルケルは、為替操作について聞かれ、「日本を見た場合、懸念がないわけではない」と明言した。
「中央銀行は政治の間違った決断の尻拭いをする清掃人ではないし、経済競争力の欠落を埋め合わせるような存在でもない」と述べ、これまでの政治的失策のツケを日銀に支払わせるのは間違いだという立場を鮮明にした。
今年秋の総選挙で3選を目指すメルケルにしてみれば、景気のさらなる悪化は避けたい。
せっかく欧州危機が小康状態を迎えたと言えるまでになった局面で、円安によってドイツの頼みの綱である輸出に悪影響が出る恐れをメルケルは深刻に受け止めている。
中央銀行が国債などを購入する金融緩和策は、リーマン・ショック後の金融危機後、米連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中銀(ECB)も実施し、日銀はむしろ大きく出遅れているとされるが、メルケルの解釈では、ECBの金融緩和は為替操作には当たらないのだという。
メルケルは欧州危機に際してECBが発揮した危機克服能力について、「ECBは為替操作に手を染めず、持てる権限のぎりぎりの力を出してくれた」と絶賛してみせた。
つづく
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古トピの為、これ以上コメントできません
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No.1557 つづき
13/01/28 19:56:38
>>1556
ダボス会議でのメルケルの一連の発言では、中国を評価しつつ、返す刀で日本を斬り捨てる論法も気になった。
メルケルは「G20の場で、政治的影響の下の為替操作という極めて機微な問題を議論したが、中国政府はこの問題にかなり多く答えてくれた。
中国は国際社会がともに対処する可能性について、それまでと異なる為替レート政策をもって応じてくれた」と評価し、それに続けて「だが日本には懸念がある」と畳みかけた。
要は、中国は国際社会の要請を受けて人民元改革に乗り出したのだから、日本も中国を見習い、他国を犠牲にするような円安政策を放棄せよと要求したのだ。
中国こそ為替操作国の大本だという認識が一般的な中で、メルケルが中国に捧げた賛辞を怪訝に思う向きも多かろう。
が、1990年代以降、ドイツと中国の戦略的互恵関係は拡大しており、メルケルにしてみれば、この程度のリップサービスを出し惜しみする理由はない。
メルケルは既に6回、中国を訪問している。
首相就任後、ほぼ毎年1度、北京詣でにいそしんでいる計算になる。
ドイツの対中輸出は2004年から11年までの7年間で200%超の増加となっており、中国市場は文字通り、輸出立国ドイツの「生命線」となっている。
ロシアのプーチン大統領と相性が悪いメルケルは、ロシアに距離を取り、かわりに中国との関係を深めることで国連安保理への影響力行使も図っている。
そうした中国への配慮が今回の対日批判でもつい、にじみ出てしまったようだ。
執筆者 佐藤伸行
時事通信外信部次長兼編集委員。
1960年山形県生れ。85年早稲田大学卒業後、時事通信社入社。90年代はハンブルク支局、ベルリン支局でドイツ統一プロセスとその後のドイツ情勢をカバー。98年から2003年までウィーン支局で旧ユーゴスラビア民族紛争など東欧問題を取材した。
07年から09年までワシントン支局勤務をへて現職。
No.1558 匿名
13/01/28 21:46:07
>>1556これと同じ記事
どっかのトピで読んだなぁ