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26/07/22 12:18:53
>>21 1960年代後半~1970年代前半 「いつかはカローラ」と思われる憧れのマイカー 生まれる20~30年以上前に成人してた人の話されても困るのよ笑
26/07/22 13:14:47
>>25 私もたいがいなばばあだけど「いつかはカローラ」なんてキャッチコピーはどこにもなかったよ 1960年代後半~1970年代前半になかなか手に入らなかったクラウンが1980年代にちょつとだけ庶民的になってきて「いつかはクラウン」というキャッチコピーができたの
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古トピの為、これ以上コメントできません
26/07/22 13:50:15
>>32 生まれる前だから、AIに分析させた結果ね 自家用車の普及率調べてみたけど 1965年:約10%前後 1970年:約22~23% だから、車種じゃなくて、自家用車(大衆車)そのものがまだ贅沢品に近い存在だったというのはあってると思うよ トピずれだからここまでね 「カローラが庶民の憧れだった時代」は、特に1960年代後半から1970年代前半といわれます。 理由は、当時の日本が高度経済成長期で、自家用車そのものがまだ贅沢品に近い存在だったからです。1966年発売の初代カローラは、「プラス100ccの余裕」というキャッチコピーで、単なる実用車ではなく「少し豊かな生活」の象徴として登場しました。 当時の庶民の憧れは「3C(カラーテレビ・カー・クーラー)」と言われ、その「カー」を代表する存在のひとつがカローラでした。マイカーがまだ一般家庭に十分普及していなかった時代、カローラを持つことは「中流家庭になった証」のような意味合いがありました。 ただし、年代ごとにイメージは変わります。 1960年代後半~1970年代前半 「いつかはカローラ」と思われる憧れのマイカー。 1970年代後半~1980年代 既に大ヒット車となり、「憧れ」よりも「定番の大衆車」の位置付け。 1980年代後半~バブル期 憧れの対象はマークII、クラウン、ソアラなどの上級車へ移行。カローラは堅実な実用車の代表となる。 要するに、「庶民にとってカローラが憧れだった」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、**東京オリンピック後から大阪万博ごろ(1966~1973年頃)**です。マイホーム・マイカー時代の到来を象徴する車でした。
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No.25 ジェラート
26/07/22 12:18:53
>>21
1960年代後半~1970年代前半
「いつかはカローラ」と思われる憧れのマイカー
生まれる20~30年以上前に成人してた人の話されても困るのよ笑
No.32 アイス代がかさむ
26/07/22 13:14:47
>>25
私もたいがいなばばあだけど「いつかはカローラ」なんてキャッチコピーはどこにもなかったよ
1960年代後半~1970年代前半になかなか手に入らなかったクラウンが1980年代にちょつとだけ庶民的になってきて「いつかはクラウン」というキャッチコピーができたの
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古トピの為、これ以上コメントできません
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No.40 ジェラート
26/07/22 13:50:15
>>32
生まれる前だから、AIに分析させた結果ね
自家用車の普及率調べてみたけど
1965年:約10%前後
1970年:約22~23%
だから、車種じゃなくて、自家用車(大衆車)そのものがまだ贅沢品に近い存在だったというのはあってると思うよ
トピずれだからここまでね
「カローラが庶民の憧れだった時代」は、特に1960年代後半から1970年代前半といわれます。
理由は、当時の日本が高度経済成長期で、自家用車そのものがまだ贅沢品に近い存在だったからです。1966年発売の初代カローラは、「プラス100ccの余裕」というキャッチコピーで、単なる実用車ではなく「少し豊かな生活」の象徴として登場しました。
当時の庶民の憧れは「3C(カラーテレビ・カー・クーラー)」と言われ、その「カー」を代表する存在のひとつがカローラでした。マイカーがまだ一般家庭に十分普及していなかった時代、カローラを持つことは「中流家庭になった証」のような意味合いがありました。
ただし、年代ごとにイメージは変わります。
1960年代後半~1970年代前半
「いつかはカローラ」と思われる憧れのマイカー。
1970年代後半~1980年代
既に大ヒット車となり、「憧れ」よりも「定番の大衆車」の位置付け。
1980年代後半~バブル期
憧れの対象はマークII、クラウン、ソアラなどの上級車へ移行。カローラは堅実な実用車の代表となる。
要するに、「庶民にとってカローラが憧れだった」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、**東京オリンピック後から大阪万博ごろ(1966~1973年頃)**です。マイホーム・マイカー時代の到来を象徴する車でした。