ガリオン
幸三が東京拘置所に収監されてから数日後、妻の下には夫から手紙が届いていた。
「あまりに悲惨な状況に、母は泣き崩れてしまって……」
長男も、手紙の内容に衝撃を受けていた。
車椅子がなければ歩けない状態になった幸三は、拘置所内でトイレに行こうとした際、転倒してしまい頭に怪我をしてしまったのだ。トイレは血だらけになり、拘置所内の規則として「始末書」を書かなければならなかったのだという。
拘置所側も先例がなく、対応に窮したようだった。壁に緩衝材として発泡スチロールを張り、転倒で怪我をしないよう応急措置を施した。
刑事施設にはてすりがない。杖も武器になるので使えないため、歩くことが困難な幸三にとっては、トイレに行くことが過酷な試練となっていた。終いには、おむつで対応しなければならなかった。
房の中には椅子がなく、壁に寄りかかっていなければならない。就寝時間以外に横になってはならず、まるで拷問である。
90歳(取材当時)の足の不自由な老人にはあまりに過酷な状況に、家族は打ちのめされていた。
収監から1週間後、私は東京拘置所での長男の面会に同行することになった。
「まさか、人生でこのような場所に来るとは想像もできませんでした」
傷だらけでの面会
数々の著名人も収監されていた東京拘置所。広大な敷地と設備、出入りする面会人の雰囲気に、長男は圧倒されていた。私がこれまで出会ってきた家族は、皆、同じ言葉を口にする。
電光掲示板で番号が呼ばれた後、セキュリティゲートを通り抜け、長い廊下を歩いて上の階に上がり、面会室に入った。
幸三は、刑務官3人に支えられながら車椅子で面会室に現れた。額には大きな紫色のあざができている。私はその姿を見ただけで、胸が潰れそうな思いだった。それでも、
「わざわざ来て頂いて、申し訳ないですね」
幸三は自宅で見せていた笑顔と同じ、穏やかな表情で挨拶をした。
刑事施設の過酷な状況に、屈強な男性が面会室で涙を流す姿をこれまで何度か見たことがあるが、幸三の穏やかさ、余裕とも取れる表情に、真の強さを感じた。
20分間の面会は、今後の報道対応や家族間の事務手続きの話で終了した。
長男は、父親と話ができてよかったと言っていたが、それでも痛々しいあざが残る父の姿に、ショックを隠し切れない様子だった。妻にこの傷だらけの姿は見せなくてよかったと思った。
「あの様子で、刑務所でやっていけるのでしょうか……」
おそらく2週間程度で幸三の身柄は刑務所に移る。どこに行くことになるのか、収監先は家族であっても知らされることはない。本人からの便りを待つほかないのである。
https://news.yahoo.co.jp/articles/92ce22476420829d3971dfe32a407f14fc0c76f7
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No.274 オマーン・リアル
22/11/24 22:55:48
長谷川寛太 1996年7月23日生まれ。最終学歴立命館大学卒
小中学時代にいじめをし自殺者を出すクズ。
最近では某旭川いじめに関与。
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小学生時代の写真
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山上容疑者の親戚ww
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