被差別部落、同和。総合トピ

  • なんでも
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    • 芋田治虫
      20/08/14 00:41:00

    これはある国で起きたことであり、現在起きていることであり、これから起こりえることであり、もちろん、この日本でも起きる可能性もあることだ。
    部落、えたひにんという制度は、こうしてできるのだ。

    十 nとはナんなのか

    nという大きな戦争を起こし、大勢人々を殺した国が、大きな戦争に負けて、後に西と東の2つ分断され、最初に大きな戦争を起こした人たちと、戦争を指揮したり、戦争に行った人たちはもちろん、戦争全員を支持した人たち全員を、西の国の政府と遠くの国が、攻撃したとき、西の国の人たちは多くがそうしたし、国を挙げてやった。
    自分は当時生まれてなかったが、自分がその西の国に移住したときは、自分は子どもで、西の国の人たちと仲良くなろうとしたし、みんなそうしていたので、自分もそうした。
    時は流れ、大きな戦争を起こした人たちの末裔や、その大きな戦争に行った人たちの末裔まで、西の国の政府と遠くの大国が攻撃したとき、西の国の人たちは多くがそうしたし、国を挙げてやった。
    自分は、西の国が、大きな戦争を起こした時に、一緒に戦争をした、同盟国の移民であり、自分の叔父は元憲兵だったし、曾祖父は元将軍だったが、曾祖父は死んでいた、叔父は大嫌いだったので、親族の中には不安を覚えた者はいたが、自分は西の国が大好きだったし、不思議には思ったが、怖くはなかったので、一緒に攻撃した。
    長い年月が経ち、自分も年を取り、西の国が統一した時、東の国の人たちと勝手に属国にしていて、その国の中で、もめ事が多い、ファシリアール共和国の人と、ワイマールクセン共和国の人たちを、西の国の政府と遠くの大国が攻撃したとき、西の国の人たちは多くが疑問を感じたし、統一を後悔するものもいたが、国を挙げてやった。
    自分も疑問に感じたし、統一を後悔したが、ファシリアール共和国と、ワイマールクセン共和国は嫌いじゃなかったが、西の国とは違い、東の国は大嫌いだったので、どうでもよかったこともあり、一緒に攻撃した。
    そして、晩年、統一されたその国と、その統一された国と大きな戦争を起こした時の同盟国の移民を、統一した国の政府と遠くの大国が攻撃したときには、自分を含め多くの人が後悔したが、すでに遅かった。
    最後に自分が言い残したことは「どうかjと発音してください」ということだった。

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