保守ですが何か? へのコメント(No.761

  • No.760 反日教組

    16/01/07 20:50:08

    >>759続き
     以下、学校における実践例について『ジェンダーフリー教育』『学校をジェンダーフリーに』(ともに明石書店)という本から引用する。

    (前者をA書、後者をB書と記す)

     B書によれば、ジェンダーフリー教育を行う理由として、現在の学校システムが「性差別を再生産する装置」であるからだとする。

    だが、その論拠としてアメリカの調査報告を挙げるだけで、日本の現状を分析したデータは記されていない。

    そのためか、根本的な教育制度や学習形態には言及せず、「隠れたカリキュラム」という言葉を使って、名簿、制服、呼称など瑣末なことを取り上げて「男性中心に作られた枠組み」を変革していこうとする。

     その一環として、男女の呼び方を統一しようという動きがある。

    男子を「くん」女子を「さん」と呼ぶのは「区別=差別」であるから、男女ともに「さん」づけで呼ぼうというのである。

    男女別の呼び方に差別性など全くないにもかかわらず、このような動きが急速に広がっているのは、ジェンダーフリーの内包する全体主義的な恐ろしさを示唆している。

     授業での実践も首をかしげるようなものが多い。

    ある小学校では一年生を対象として「家族について考えさせ」、「標準モデル以外の家族の子供たちに対して差別意識を生じさせない」ために、次のような授業が行われた。

    (A書より)
     まず、家族の絵を書かせて自分の家族を全員に紹介する。

    片親の子供にも、他の生徒から質問があれば、親が離婚した等の理由を説明させる。

    小学一年生には残酷なことだと思うが、この教師は「離婚は悪いことではない。結婚という形態が当たり前ではないことを伝える」意義があるのだという。

    そうして「大人になったら、おかあさんやおとうさんにならないで一人で暮らしたり、友達同士で暮らしたりしてもいいんだよ」と語りかけるのである。

    たしかに個々の生き方は自由だが、学校という場で、しかも小学一年生に伝えるべき内容であるとは思えない。

    これでは結婚制度の否定を刷りこんでいるようなものである。

    女子からは「おかあさんになって子供を産むのは痛いし、しんどいからいやや」という声が出たそうだが、この教師が子育ての大切さや喜びを伝えた様子はない。

    もちろん、小子化によって国の根底が崩れるであろうことは眼中にもないようだ。

    続く

  • No.761 反日教組

    16/01/07 20:57:19

    >>760続き
     続いてB書より、かの国立市の小学校で行われた学芸会の様子を紹介しよう。

     この小学校では

    「女の子が主人公の作品が極端に少なく、あっても女の登場人物は役割分業そのもの、美しいお姫様や優しいお母さんといった具合」なので、自分たちで自分たちで脚本を作ることにした。

    題して「アリーテ姫の冒険」

    有名なフェミニズム童話である。

    「アリーテ姫はかしこくて勇気のある女の子、しかも乗馬うまく、いわゆる男らしい特技だけではなく、縫い物をし、絵を書きダンスをするのが好きという女の子らしい特技も備えている」というが、絵を書きダンスをするのが好きだという男はたくさんいる。

    この人達の方が勝手に性的な役割分担を決めているのが何ともおかしい。

     問題なのは事前の指導である。

    ―授業では女はかしこくない方がいいかというショッキングなテーマを取り上げて四つの狙いを定めた。

    ①『女はかしこくなんかない方がいい』という王様の言葉から女のあるべき姿と社会的偏見について考える。

    ②難題を解決する冒険の過程の中で、力、武器を使わなかったことから何が本当の力かを考える。

    ③お姫様が登場するほかの童話との違いに気づき、どちらのお姫様が生き生きとして魅力的かを感じ取らせる。

    というのだ。

    ①は絶句である。
    「女はバカな方がいい」と男は思っている。

    それをどう考えるかと小学生に聞いたわけである。

    男は女性を蔑視する存在であり、闘うべき相手であると教えたも同然である。

    しかし、実際に男はそんなことを思っていない。

    女性は優しく賢くあってほしいと願っているのが普通である。

    本気でそう思っているのなら、この教師たちこそ偏見に毒されているというべきだろう。

    ②は男の攻撃性を批判し、力に訴えない女性を賛美するつもりらしいが、ジェンダーフリーといいながら男女のカテゴリーに固執している矛盾に気づいていない。

    ③は論外。

    自分達の芝居こそ絶対的に素晴らしいものだと思わせるわけだから、まさに独善そのものである。
    続く

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返信コメント

  • No.762 反日教組

    16/01/07 21:03:46

    >>761続き
     さて、この学芸会がどうなったかというと、

    ―フィナーレに登場する銀色の馬の役は、はじめ男の子が希望していたが、練習中にその男の子がアテリーナ役の女の子に憧れ、つきしたがう蛇の役になり、かわって馬の役になったのは小柄な女の子だった。

    これまでの学芸会の歴史の中で、疾走する馬に乗って観客席から舞台に駈け上がったヒロインなどなかっただろう―

     何のことはない。

    女生徒が主役となって男子生徒を従えたことを喜んでいるだけで、常々批判している男性中心劇の逆をやったにすぎないのである。

     ちなみに、この国立市の教員組合女性部は、かつて5年国語の教科書(光村図書)に載っていた今江祥智の「どろんこまつり」を男女差別につながるという理由で削除させている。

    以下、B書より引用する。

    「どろんこまつり」は「気弱で゛女っぽい゛男の子と、お転婆で゛男っぽい゛女の子が、最後にどちらも゛本来゛の゛男らしさ゛゛女らしさ゛に゛立ちもどる゛という物語である」ため、彼らは「性差別をあまりにも強く全面に出している作品で、このまま見過ごすことはできない」として光村図書に抗議し

    「これからは女子が活躍する文学を取り上げる」等の確認を取りつける。

    その結果「次回の教科書には掲載されなかった」。

     これにより、「私たちは、教科書会社に質問や抗議をしていくことで、教科書を変えていくということができるということを実践的に学んだ」という。

     しかし、「らしさ」が性差別につながるというのは、この人達の勝手な思いこみであり、世間的な常識となっているわけでも、法的根拠があるわけでもない。

    にもかかわらず、自分たちの意向によって教科書を変えようとするのは、少数による言論統制にほかならない。

    続く

  • No.770 反日教組

    16/01/07 22:00:06

    >>753>>754>>756>>757>>758>>759>>760>>761>>762>>763>>764>>765>>766>>767>>768>>769


    何故ここまで長いのを載せたか、と言うと最近この中に出てくる言葉を、かなりの頻度で見かけるからです。田島脳が増えてる気がしてならない。だから批判覚悟で超長文貼りました。

1件~2件 ( 全2件)

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