カテゴリ(複数選択可)
急上昇
仲の良いママ友からねずみ講
11/04/28 20:39:43
>>252 つづき 宮中祭祀は主なものだけで年間20回余り。通常、祭祀の関係者以外はその場におらず、撮影された写真や映像が国民の目に触れることはない。両陛下は皇居の森の中で、ただ静かに祈られている。 ■ 平成3年7月10日。両陛下は雲仙・普賢岳噴火の被災地見舞いに、長崎・島原を訪問された。両陛下にとり即位後、初めてとなる災害被災地への訪問だった。 島原の最高気温は33・2度。過去の被災地訪問で両陛下に同行した宮内庁関係者は、厳しい条件の中で行われた、両陛下の被災地訪問の「原点」を語る。 通常、両陛下が地方を視察される前には、宮内庁職員が綿密な下見や打ち合わせを行うが、この時は被災地の負担を増やすことを懸念した両陛下のご意向を受け、「特別な対応はしないで、そのままにしてほしい」と県に伝えていた。避難所での予定は「ここから入り、ここから出る」程度のぶっつけ本番。「入り口に入り乱れて置かれた靴の中から、陛下の靴を探して出口に持っていくのも苦労した」という。 「平成の天皇陛下を象徴するスタイル」といわれる、ひざをついて被災者と懇談される姿は、このとき初めてみられた。この元側近は「びっくりした。立って、座っての繰り返しは、お体にこたえるはず」。 長崎空港では、飛び乗るように帰りの民間機へ。元側近は「乗り込む際、皇后さまの首筋は日に焼け、真っ赤に腫れていらした。女官長が、冷たいタオルを首に巻いていた」と振り返る。そして、今回もすべて日帰り訪問を続けられている陛下と皇后さまをこう案じた。 「雲仙を見舞われた当時でさえ、お疲れになったのではないかと心配した。両陛下は『一人でも多くの人に』という思いでお見舞いされる。無理をなさらないように。本当に心配しています」。雲仙への見舞いから20年。陛下は77歳、皇后さまは76歳になられている。 ◇ 各地の避難所、被災地への「祈りの旅」を続けられている両陛下。災害のたびに国民の精神的支柱となってきた皇室の歴史や、側近らのエピソードを交え、そのお姿を伝えたい。 【中】に続きます。
11/04/28 20:45:05
>>253 【祈り 両陛下と東日本大震災】(中) 「自分で厳しく律する」国民に模範 2011.4.28 19:46 「食事は、簡単なものでいいから」 東日本大震災後、天皇、皇后両陛下は食事を担当する職員にこのように指示される場面があったという。東京電力の計画停電で「第1グループ」に分類された地域の停電予定に合わせ、1回約2時間、暖房や電灯など電気の使用を控える「自主停電」をされているためだ。 「停電中だと、調理に支障がでるだろうというご配慮だったのではないか」と側近は振り返る。 那須御用邸の職員用風呂の開放、御料牧場で取れた卵、缶詰などの提供…。両陛下が地震後に意向を示された前例のない取り組みの中でも、自主停電は特徴的だ。 自主停電は「国民と困難を分かち合いたい」として3月15日に始められた。皇居がある東京都千代田区は計画停電の対象になっていないことについて、陛下は「ノルマがないからこそ、自分で厳しく律さないといけない」と話されたという。 ■寒さは厚着で 自主停電中、両陛下は夜間にろうそくや懐中電灯で灯りをとり、寒さはセーターなどの厚着でおしのぎになった。側近によると、皇后さまは東日本大震災発生後まもなく、職員とともに御所で保管しているろうそくを集めるとともに、懐中電灯が点灯するか自ら確認をされたという。 自主停電の時間によっては、ろうそくの明かりのもとで夕食を取られることもあった。その際には、余震で倒れる可能性を考え、低い位置まで水を入れた水槽の中に、火をつけたろうそくを立てられていたという。 陛下のご公務にも変更が生じた。「電力消費の大きい宮殿の使用は必要最小限に」という両陛下のご意向で、宮内庁は3月14日以降、宮殿の使用を、閣僚などの認証官任命式と、新しい駐日外国大使を迎えて行う信任状捧(ほう)呈(てい)式に限定。ほかの宮殿行事はお住まいの御所で実施している。 3月31日、陛下が離任する駐日トルコ大使を御所で引見されたときには、ちょうど自主停電の時間にあたった。 つづく
通報
古トピの為、これ以上コメントできません
11/04/28 20:45:57
>>254 つづき 陛下のご公務にも変更が生じた。「電力消費の大きい宮殿の使用は必要最小限に」という両陛下のご意向で、宮内庁は3月14日以降、宮殿の使用を、閣僚などの認証官任命式と、新しい駐日外国大使を迎えて行う信任状捧呈(ほうてい)式に限定。ほかの宮殿行事はお住まいの御所で実施している。 3月31日、陛下が離任する駐日トルコ大使を御所で引見されたときには、ちょうど自主停電の時間にあたった。 「照明も暖房もない応接間で行われた。幸い天気が良く、障子ごしに差し込む陽光で十分明るかったのではないか」と宮内庁幹部。皇室の国際親善を担当する式部職が、事前に両陛下の自主停電のお取り組みについて説明したところ、トルコ大使は深く納得した様子だったという。 「御所はプライベートな空間で、本来、外国人であれば王族など親しい方しか入れない。洋風な宮殿と違い、日本的な渡り廊下や障子があり、トルコ大使は御所での手厚い対応を喜んでいた」そうだ。 今月21日にオーストラリアのギラード首相を引見された時間も、自主停電の時間にあたった。宮内庁幹部は「何ら支障はなかった」と話す。 「不実施」でも継続 両陛下は皇太子時代から節電を心がけてこられた。第1次オイルショックが起きた昭和48年、陛下が40歳を迎えた誕生日の記事には、電気スタンドをつけず、薄暗い部屋で読書されることがある、と報じられている。 続きます。
1件~1件 (全1件)
子育てや家事、旦那に関する悩み相談、TV、芸能人に関する雑談など何でもOK!
1
26/10/08 04:59:39
12
2
26/10/08 04:53:29
48499
3
26/10/08 04:32:05
11494
4
26/10/08 04:59:45
5
26/10/08 04:27:33
64129
26/10/08 04:54:36
26/10/08 03:24:25
26/10/08 01:00:32
0
26/10/08 04:21:31
7
ママスタコミュニティはみんなで利用する共有の掲示板型コミュニティです。みんなが気持ちよく利用できる場にするためにご利用前には利用ルール・禁止事項をご確認いただき、投稿時には以下内容をもう一度ご確認ください。
上記すべてをご確認いただいた上で投稿してください。
No.253 匿名
11/04/28 20:39:43
>>252
つづき
宮中祭祀は主なものだけで年間20回余り。通常、祭祀の関係者以外はその場におらず、撮影された写真や映像が国民の目に触れることはない。両陛下は皇居の森の中で、ただ静かに祈られている。
■
平成3年7月10日。両陛下は雲仙・普賢岳噴火の被災地見舞いに、長崎・島原を訪問された。両陛下にとり即位後、初めてとなる災害被災地への訪問だった。 島原の最高気温は33・2度。過去の被災地訪問で両陛下に同行した宮内庁関係者は、厳しい条件の中で行われた、両陛下の被災地訪問の「原点」を語る。 通常、両陛下が地方を視察される前には、宮内庁職員が綿密な下見や打ち合わせを行うが、この時は被災地の負担を増やすことを懸念した両陛下のご意向を受け、「特別な対応はしないで、そのままにしてほしい」と県に伝えていた。避難所での予定は「ここから入り、ここから出る」程度のぶっつけ本番。「入り口に入り乱れて置かれた靴の中から、陛下の靴を探して出口に持っていくのも苦労した」という。
「平成の天皇陛下を象徴するスタイル」といわれる、ひざをついて被災者と懇談される姿は、このとき初めてみられた。この元側近は「びっくりした。立って、座っての繰り返しは、お体にこたえるはず」。
長崎空港では、飛び乗るように帰りの民間機へ。元側近は「乗り込む際、皇后さまの首筋は日に焼け、真っ赤に腫れていらした。女官長が、冷たいタオルを首に巻いていた」と振り返る。そして、今回もすべて日帰り訪問を続けられている陛下と皇后さまをこう案じた。
「雲仙を見舞われた当時でさえ、お疲れになったのではないかと心配した。両陛下は『一人でも多くの人に』という思いでお見舞いされる。無理をなさらないように。本当に心配しています」。雲仙への見舞いから20年。陛下は77歳、皇后さまは76歳になられている。
◇
各地の避難所、被災地への「祈りの旅」を続けられている両陛下。災害のたびに国民の精神的支柱となってきた皇室の歴史や、側近らのエピソードを交え、そのお姿を伝えたい。
【中】に続きます。
No.254 匿名
11/04/28 20:45:05
>>253
【祈り 両陛下と東日本大震災】(中)
「自分で厳しく律する」国民に模範
2011.4.28 19:46
「食事は、簡単なものでいいから」
東日本大震災後、天皇、皇后両陛下は食事を担当する職員にこのように指示される場面があったという。東京電力の計画停電で「第1グループ」に分類された地域の停電予定に合わせ、1回約2時間、暖房や電灯など電気の使用を控える「自主停電」をされているためだ。
「停電中だと、調理に支障がでるだろうというご配慮だったのではないか」と側近は振り返る。
那須御用邸の職員用風呂の開放、御料牧場で取れた卵、缶詰などの提供…。両陛下が地震後に意向を示された前例のない取り組みの中でも、自主停電は特徴的だ。
自主停電は「国民と困難を分かち合いたい」として3月15日に始められた。皇居がある東京都千代田区は計画停電の対象になっていないことについて、陛下は「ノルマがないからこそ、自分で厳しく律さないといけない」と話されたという。
■寒さは厚着で
自主停電中、両陛下は夜間にろうそくや懐中電灯で灯りをとり、寒さはセーターなどの厚着でおしのぎになった。側近によると、皇后さまは東日本大震災発生後まもなく、職員とともに御所で保管しているろうそくを集めるとともに、懐中電灯が点灯するか自ら確認をされたという。
自主停電の時間によっては、ろうそくの明かりのもとで夕食を取られることもあった。その際には、余震で倒れる可能性を考え、低い位置まで水を入れた水槽の中に、火をつけたろうそくを立てられていたという。
陛下のご公務にも変更が生じた。「電力消費の大きい宮殿の使用は必要最小限に」という両陛下のご意向で、宮内庁は3月14日以降、宮殿の使用を、閣僚などの認証官任命式と、新しい駐日外国大使を迎えて行う信任状捧(ほう)呈(てい)式に限定。ほかの宮殿行事はお住まいの御所で実施している。
3月31日、陛下が離任する駐日トルコ大使を御所で引見されたときには、ちょうど自主停電の時間にあたった。
つづく
通報
コメント
古トピの為、これ以上コメントできません
返信コメント
No.255 匿名
11/04/28 20:45:57
>>254
つづき
陛下のご公務にも変更が生じた。「電力消費の大きい宮殿の使用は必要最小限に」という両陛下のご意向で、宮内庁は3月14日以降、宮殿の使用を、閣僚などの認証官任命式と、新しい駐日外国大使を迎えて行う信任状捧呈(ほうてい)式に限定。ほかの宮殿行事はお住まいの御所で実施している。
3月31日、陛下が離任する駐日トルコ大使を御所で引見されたときには、ちょうど自主停電の時間にあたった。
「照明も暖房もない応接間で行われた。幸い天気が良く、障子ごしに差し込む陽光で十分明るかったのではないか」と宮内庁幹部。皇室の国際親善を担当する式部職が、事前に両陛下の自主停電のお取り組みについて説明したところ、トルコ大使は深く納得した様子だったという。
「御所はプライベートな空間で、本来、外国人であれば王族など親しい方しか入れない。洋風な宮殿と違い、日本的な渡り廊下や障子があり、トルコ大使は御所での手厚い対応を喜んでいた」そうだ。
今月21日にオーストラリアのギラード首相を引見された時間も、自主停電の時間にあたった。宮内庁幹部は「何ら支障はなかった」と話す。
「不実施」でも継続
両陛下は皇太子時代から節電を心がけてこられた。第1次オイルショックが起きた昭和48年、陛下が40歳を迎えた誕生日の記事には、電気スタンドをつけず、薄暗い部屋で読書されることがある、と報じられている。
続きます。