中国 また尖閣諸島に接近 へのコメント(No.1013)

  • No.1013 匿名

    12/09/29 10:23:59

    日中国交正常化40年で最低の記念日って騒いでるけど、この期間で中国が完全に「共産主義」に傾倒して「愛国教育」をした事で、もう40年前の「中国」は消滅した。

    それが全ての原因なんだけど…まぁ中国は認めないよね。日本が変わったわけじゃなく中国が極端に右翼化してしまったのが根にあるんだけどなぁ。

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返信コメント

  • No.1016 匿名

    12/09/29 13:20:27

    >>1013
    詳しくはないけど、毛沢東の思想からは離れてしまってるんだよね。
    だから、デモで毛沢東の写真を掲げた人がいたらしいし。

  • No.1077 匿名

    12/10/07 21:07:12

    >>1013
    日中国交回復40周年 木内昭胤元駐仏大使インタビュー(1972年当時首相秘書官)
    産経新聞 10月7日(日)20時41分配信
     ■尖閣は世間で問題でなかった

     田中角栄内閣が1972年に発足する前は、国連代表権問題なんかで中国じゃなくて中華民国(台湾)だということできていて、そんなことでは済まないんじゃないかという空気が日本中にあった。

    その中で田中さんが登場して、必要以上の人気が出たわけですよね。

    ですから田中さんが日中関係をなんとかしなきゃいけないと思っておられたことは事実ですね。

     ただ、中国との国交正常化は、台湾の問題があるから難しいですよ。
    田中さんは「行けばなんとかなる」なんて思ってなかった。

    そうした中で竹入義勝公明党委員長の訪中があった。
    あれは立派なもんですよ。
    それは田中さんも多としたんじゃないですか。

     中国と前向きに取り組むんだというのは自民党も了承しているわけですよ。
    総裁選で田中さんを選んだということでね。
    あの段階で福田赳夫さんを選んだらどうなるか分からないけど…。
    ただ、(自民党タカ派の)「青嵐会」の反対はすさまじいものがありましたね。

     沖縄県・尖閣諸島の問題は、油が出るといわれてから浮上してきた問題だし、あんまり世間では問題にしてなかったですよね。
    今ではなかなか難しい問題だけど。

    田中さんの頭の中にあった問題は油が出るかどうか。当時は今のような掘削技術がなかったんです。

    (1972年9月27日の日中首脳会談で田中角栄首相が沖縄県・尖閣諸島の問題を持ち出したのは)あんまり小さなとげを残しておきたくないという気持ちじゃないですかね。
    この機会に事をなるべくはっきりさせておいたほうがいいと。
    日米安全保障条約問題や賠償問題であれだけ中国が譲って大局的見地に立っているんだから。

    だけど今日のような深刻な事態は彼は想定していませんでしたね。

    つづく

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