• No.2 ヒメエゾボラ

    26/05/28 10:40:05

    ■暗い年の瀬

     そんなZOOCOさんを更なる悲しみに陥れたのは、“自分の家が燃えたという現実”を受け入れられずにいる娘の姿だった。

    「泣きながら、燃え残った煤だらけのピアノの鍵盤をひとつずつ拭いていました。煤ってあんなに臭いものなのですね、一生忘れられない匂いです。そんな匂いが染みついたボロボロの楽器を、娘は“燃えていない”と言い張って手放さなかった。学校でも火災のことを一切口にせずにいたそうですが、さすがに“娘さんの様子がおかしい”と帰される日も多くなりました」

     当時、自宅が火災になっていると知らずに戻って来た娘は、消防士たちが鉄のドアをカッターで切り、吹き出す煙の中、水をかけながら突入している場面に遭遇した。ショッキングな光景を目撃したことで、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になり、全身に湿疹が出るなどの症状がしばらく続いたという。

     折しも年の暮れ。不動産業者が休みに入ると、一時的な仮住まいも探せなくなった。またペットのトイプードルも神経過敏になって、受け入れ可能なホテルが見つからない。それから約100日間、キッチンも風呂もない、マンション内の会議室を借りて避難生活がスタートした。

    「まずメガネ。それからパンツを買いました」

     住所がないのでネット通販も容易にできない。着替えを買いに行こうにも着ていく服がない。コインランドリーと銭湯に通う日々。東京都の銭湯は1人1回550円、10回の回数券で5,400円だ。そんな地味な出費が辛かった。ライブの仕事はあっても、火災についての一切を告げられないまま舞台に立ち続けた。

     クリスマスシーズン、みんながハッピーな気持ちの中、「火事にあったかわいそうな人が歌うクリスマスソング」——そんな重い空気を客席に持ち込みたくなかった。何より、娘が「誰にも言わないで」と懇願していた。

    つづく

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