• No.14 馬鹿は死ななきゃ治らない

    25/09/11 16:52:38

    義母の煮物

    ――風

    義母は、毎週のように鍋をかかえてやって来る。
    「作りすぎてしまったのよ」
    そう言いながら、まだ湯気をのこした惣菜を卓の上に置く。

    ありがたいことだ、と私は思う。
    けれども、口に含むと、わが家の味とはどこか遠い。
    醤油の濃さが舌にしみ、砂糖の甘さが骨に残る。
    私の舌は、義母の年月を映す鏡であるかのように、昭和の匂いを思い出す。

    冷蔵庫のなかは、義母の煮物で満ちていく。
    レンコン、こんにゃく、人参。
    同じ具材が並びながら、少しずつ違う色をしている。
    私の子どもたちは初めこそ面白がり、二日目には箸を止める。
    「またこれ?」とつぶやく声は、秋の虫のようにかすかで寂しい。

    断ろうとしたこともある。
    「せっかく作ったのに」
    義母のその言葉は、胸の奥に冷たい石を落とす。
    私は微笑みをつくり、再びタッパーを受け取る。

    ある夜、煮物を温め直しているとき、ふと気づいた。
    この重さ、この味は、義母の孤独の形なのかもしれない。
    ひとりの台所で、誰かのために手を動かす時間。
    その手のぬくもりが、煮物の汁にしみこんでいるのだろう。

    私は箸をとり、少し冷めたレンコンを口に入れた。
    やはり甘すぎる。けれども、その甘さが、どこか胸を締めつけた。

    ――義母の煮物は、わが家の味ではない。
    けれども、義母の人生の味であった。


    川端康成はいいねえ

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